もちろん、シンクの水流が本当にホワイトホールそのものというわけではありません。でも、重要なのは、全く違う規模や物質であっても、その背後で働く「物理法則」は共通していることがある、という点です。

今回の研究では、直接真空に超強力な電場をかける代わりに、「超流動」という特殊な液体状態を使って真空と電場を模倣することにしました。

超流動とは、液体の粘性(ネバネバした摩擦)が完全になくなり、まったく抵抗を受けずに流れる状態のことです。

ヘリウムという元素を絶対零度(マイナス273℃)近くまで冷やすと、この超流動の状態になります。

研究者たちは、この超流動のヘリウムを非常に薄い膜状にし、これを「摩擦のない真空」の代わりに使いました。

さらにこの膜の中の流れを真空にかける電場の代わりに見立てました。

こうして真空と強力な電場という、実験が非常に難しい現象を扱いやすい超流動ヘリウム薄膜の系で置き換えることで、真空で起こる粒子ペア生成(シュウィンガー効果に相当する現象)を実際に観察できる可能性があることを示したのです。

つまり、研究者たちは実際の真空そのものを使わずに、ヘリウム薄膜を使った理論的なアナログモデルで「真空から有が生まれる」現象の謎を解き明かす道を切り開いたのです。

脈絡なく発生する渦が「無から有」が生まれる証となる

脈絡なく発生する渦が「無から有」が生まれる証となる
脈絡なく発生する渦が「無から有」が生まれる証となる / Credit:川勝康弘

研究チームがまず取り組んだのは、超流動ヘリウム⁴という特別な液体を使って理論モデルを作ることでした。

超流動というのは、非常に低温(絶対零度近く、約マイナス273℃)に冷却した液体が、まるで摩擦のない理想的な水路を流れるように抵抗なくスルスルと流れる、不思議な状態のことです。

この液体ヘリウムを薄く膜状に広げ、そこに一定の流れを与えることで、研究チームは真空中の粒子生成(シュウィンガー効果)の「再現モデル」を作り上げようとしました。