過去の研究によりN-Lac-Pheの存在自体は知られていましたが、詳しい解明は進んでいませんでした。

そこで研究者たちは、高脂肪食を与えられて肥満になったマウスに対して、高容量のN-Lac-Pheを注射してみることにしました。

するとN-Lac-Pheは1時間ほどでマウスの体から排除されていったものの、マウスはその後12時間にわたり食欲が減少し、食事の摂取量も50%にまで低下したことが判明します。

さらに驚くべきことに、マウスのエネルギー効率を調べたところ、食事の量が減ってもエネルギー消費量が落ちていないことが判明します。

またその後も10日に渡り肥満マウスたちにN-Lac-Pheを注射し続けたところ、血糖値を下げる能力(耐糖能力)が改善し、体重も大きく低下していることが示されました。

これらの結果は「N-Lac-Phe」が運動という入力を肥満解消など健康効果の出力につなげるための利益伝達(引換券)の役割を担っていることを示します。

「N-Lac-Phe」を体内に注射することは、健康効果の引換券を無料(運動なし)で得ることと同じと言えるでしょう。

しかし、なぜ運動によって食欲を増すのではなく、逆に無くすような分子が分泌されるのでしょうか?

激しい運動は生き延びるための緊急システムを起動させる

激しい運動は生き延びるための緊急システムを起動させる
激しい運動は生き延びるための緊急システムを起動させる / Credit:Canva

なぜ運動を行ったのに食欲がなくなるのでしょうか?

研究者たちは運動の「激しさ」が鍵になると述べています。

今回の研究では、マウスに加えて人間でも運動後の「N-Lac-Phe」の測定が行われました。

結果、「N-Lac-Phe」の分泌が最も多くみられたのは短時間の全力疾走であり、2番目が筋肉トレーニング、そして最も少ないのが軽度から中度の持久走となりました。

そのため研究者たちは、激しい運動によって分泌される「N-Lac-Phe」は体に対して「生存を脅かすような状況」にあることを伝達している可能性があると考えました。