ここでさらに大きな謎が浮かび上がりました。

ヨーロッパ各地のMessor ibericusコロニーを調査した研究チームは、別種のMessor structorの生息域から1000km以上も離れた場所でも、なぜか“雑種の働きアリ”が大量に存在していることを発見したのです。

本来、他種のオスがいなければ雑種は生まれないはず。

一体、女王アリはどこでMessor structorの精子を手に入れているのでしょうか?

この疑問を解き明かすため、研究チームは各地から390個体を集めて遺伝子解析を行い、さらに女王アリ単独のコロニーを人工的に作り、女王だけを隔離して産卵から成虫までの発生を詳細に観察しました。

「女王アリが別種のクローンオスを“産む”」驚異の仕組み

ラボでの観察と詳細な遺伝子解析が、驚くべき事実を明らかにしました。

隔離されたMessor ibericusの女王アリから、なんと2種類のオスアリが“産まれるのです。

ひとつは自分と同じ種のオス(体が毛深いタイプ)、もうひとつは「Messor structor」とまったく同じ遺伝子を持つ“別種”のオス(毛がほとんど無いタイプ)。

どちらも女王アリが産んだ卵から生まれた個体ですが、両者は遺伝的にも明確に区別できました。

特に「Messor structor型」のオスは、核DNAは完全にM. structorそのものですが、ミトコンドリアDNA(母系遺伝)は女王(M. ibericus)のものでした。

これは、女王アリが「自分の卵から、M. structorの精子のみを用いて“他種のクローンオス”を生み出している」ことを示唆しています。

卵の中から女王自身の核DNAを除去し、過去に体内に保存していたM. structorの精子、またはすでに自分の巣内で維持してきたクローンオスの精子のDNAだけが次世代オスとして発現するのです。

こうして産まれた“クローンオス”は、さらに女王アリと交尾し、雑種の働きアリを作るための「精子供給源」として使われます。