つまり、下の井戸から上の井戸に原子を移動させることが、この量子電池を充電するプロセスになるわけです。
しかし、ここで問題があります。
普通に考えれば、原子は自分が入った井戸の中に閉じ込められているため、井戸の外へ飛び出して別の井戸に移動することは簡単ではありません。
特に、一番上の井戸に移動するためには大きなエネルギーを与えて、井戸の「壁」を乗り越えなければならないのです。
ところが、量子の世界には、この常識を覆す驚くべき仕組みが存在しています。
それが「量子トンネル効果」と呼ばれる現象です。
量子トンネル効果とは、原子などの非常に小さい粒子が、普通なら絶対に通り抜けられないはずの壁を、まるで幽霊のように「すり抜ける」ことができる現象です。
これは直感に反する不思議な現象ですが、実際に原子や電子などの小さな粒子ではよく起こっている現象です。
今回の研究チームは、この量子トンネル効果を巧みに利用して、原子を下の井戸から上の井戸へ効率よく移動させる方法を考案しました。
また実際にこの方法がうまく機能するのかどうかを確かめるために、研究者はコンピュータによるシミュレーション(数値計算による模擬実験)を行いました。
その結果、レーザーの光を正しい順番と適切なタイミングで操作すれば、原子はほぼ完全に一番上の井戸まで移動し、最大限までエネルギーを蓄えることが確認されました。
さらに興味深いことに、原子が最終的に到達する一番上の井戸は、「最終固有状態」と呼ばれる特別な状態になっていました。
この「固有状態」とは、量子力学の用語で、簡単に言えば「一度入ったら、外からの影響がなければ自分からは変化しない安定な状態」のことです。
つまり、この一番上の井戸に到達した状態が安定な固有状態であるため、時間が経ってもエネルギーが勝手に失われたり、振動して逃げたりしにくくなるというわけです。
このことが、今回の研究における最大のポイントの一つです。