大きな世界(マクロな世界)では、この法則は絶対に破られることはありませんが、今回の研究では、たった1つの小さな粒子という極めて小さい世界で、非常に短い時間ならば、このルールが一時的に通用しない現象が起きることが分かりました。
つまり、ミクロの世界では、ほんのわずかな偶然(ゆらぎ)によって、熱が通常とは逆向きに流れてしまったり、理論的に予想される限界効率を超えることもあるのです。
コラム:なぜ奇跡には1000万℃が必要だったのか?
ふだん、私たちは“物理の法則”と聞くと、いつも同じ結果が出る、カッチリした世界を想像しがちです。でも、すごく小さな世界――たとえば「たった一粒のガラス玉」で熱エンジンを回すようなミクロの世界――では、「偶然」や「まぐれ当たり」といった“ばらつき”が、ものすごく大きな意味を持ちます。熱エンジンを回すとき、エネルギーが仕事に変わる割合(=効率)は、ふつうは同じ条件で繰り返すとだいたい同じ値に落ち着きます。でも、ミクロな世界だと、一回ごとに効率が大きく変わり、「奇跡のような高効率」や「逆向きの熱の流れ」すら本当に起きるのです。けれど、こうした“奇跡”のような現象は、ふつうの温度(たとえば室温や数百℃程度)ではめったに現れません。なぜなら、熱の「ゆらぎ」――つまり、エネルギーのばらつき――の大きさは温度に比例するからです。温度が高ければ高いほど、粒子がやりとりするエネルギーの量がどんどん大きくなり、それにともなって「まれな大当たり」や「常識はずれな効率」の起こる確率も一気に高まります。逆に、温度が低いと粒子の動きはおとなしく、奇跡的な出来事はほとんど観測できません。今回の研究では、エンジンの「熱い側」を1000万℃(=1000万K)という、太陽の表面よりずっと高い極限の温度まで上げることで、1回ごとのばらつきが一気に拡大し、「効率が100%を超える」「熱が逆流する」といった“奇跡”を何度も実際に観測できるレベルまで拡大した。つまり、奇跡を頻繁に起こすには、それに見合うだけの「ゆらぎのエネルギー」が必要であり、それを生み出すには極端な高温――1000万℃というステージがどうしても必要だったのです。