このとき細胞内部のアクチン繊維の配置を詳しく観察すると、細胞の外側にあった渦巻き状のアクチンが完全に消え、代わりに細胞の中心近くに同心円状のリング構造(輪っか)が強く現れていました。

つまり、渦巻き状の構造がなくなっても、細胞の回転が続くということは、このリング状のアクチンこそが回転を起こしている可能性を強く示しています。

このリング構造は、「アクトミオシンリング」と名付けられました。

さらに詳しく観察すると、このリングは細胞の背中側(細胞の上面側)に形成されており、細胞の内部で核の周りを時計回りにぐるぐると回っていることが確認されました。

さらに、このリングの内側付近が最も速く回転していることも分かりました。

これらの結果から、細胞が回る仕組みを生み出しているのは、細胞の背中側にできるアクトミオシンリングであることが強く示されたのです。

しかし、ここで新たな謎が生まれます。

円形の「アクトミオシンリング」という輪っかが、どうして特定の方向、つまり時計回りだけに細胞全体を回転させることができるのでしょうか。

普通に考えれば、左右どちらにも回りそうなものです。

この不思議な現象を解き明かすために、研究チームは「理論」という武器を使って挑みました。

この理論のヒントは、最近の物理学で注目されている「アクティブマター」という考え方にあります。

アクティブマターとは、自分で動く力を持つ小さな粒子が集まって、思いもよらないパターンや動きを生み出す現象のことです。

たとえば鳥の大群や魚の群れが一斉に向きを変えるとき、あるいは細胞が自発的に移動したり形を変えたりするときにも、アクティブマターの考え方が使われます。

今回の研究では、特に「アクティブカイラル流体(流体=液体や気体のように流れるもの)」という理論モデルを用いました。

これは、細胞の中のアクトミオシンリングのように、ただ流れるだけでなく“ねじる力(トルク)”も持つ特殊な“動く流れ”を数式で表す考え方です。