例えるならば、これまで研究されてきた珪華が残した地球の生命の記録は、「モノクロ写真」のように限られた情報しか伝えてこなかったのです。
では、もし温泉の周囲にもっと豊かな自然環境があれば、珪華はさらに多彩な生態系の姿を映し出す「カラー写真」のようなものになるのでしょうか?
温泉が湧き出す場所の環境が違えば、珪華が保存する生き物の種類も変わり、もっと豊かな情報が残せるかもしれません。
こうした疑問に挑んだのが、北海道大学の伊庭靖弘准教授らの研究チームでした。
研究チームが注目したのは、日本の温泉地です。
日本列島は、火山活動が盛んな「島弧(とうこ)環境」という場所に位置しており、全国各地に大小さまざまな温泉が湧き出しています。
特に日本では、激しい間欠泉ではなく、森の中にひっそりと点在するような小さな温泉が多数あります。
こうした温泉は、熱水が周囲の豊かな森林を破壊することなく、森と共存しながら穏やかに流れ出しています。
そのため、周囲の森林に生きるコケや樹木、小さな昆虫まで、多種多様な生き物を丸ごと珪華に取り込んで化石として保存してしまう可能性が高いのです。
そこで今回の研究では、日本の森林に点在するこうした小さな温泉がつくる珪華に注目し、「珪華が実際にどのように形成されているのか」、そして「そこにどのような生き物が取り込まれているのか」を詳しく調べることを目的として、これまでになかった初めての包括的な調査を行いました。
「湯の花」が生態系を保存していた

研究チームはまず、国内の温泉地のなかから特に珪華(けいか:シリカを主成分とする湯の華)の調査に適した場所を探しました。
そこで選ばれたのが、長野県安曇野市にある「中房(なかぶさ)温泉」という温泉地です。
ここは北アルプスの燕岳(つばくろだけ)の山麓に位置し、急斜面の山あいにある「秘湯」としても知られる場所です。