物質には必ずと言っていいほど、何らかの小さな欠陥や境界部分が存在します。

これまではこうした欠陥や境界が、熱や電気をうまく伝える妨げになることは知られていましたが、実際に原子がどのようにそこで揺れ、どのように悪影響を及ぼしているのかを直接見ることは困難でした。

しかし今回の技術を使えば、「なぜ特定の場所だけ熱や電気が流れにくいのか」を原子レベルで詳しく調べることが可能になります。

このようにして得られる情報を活用すれば、電子の流れや光の性質を細かく制御して、これまでにはなかった性能を持つデバイスを作り出すことができるかもしれません。

具体的には、コンピューターの処理速度を飛躍的に高める可能性を秘めた「量子コンピューター」や、現在よりもはるかに少ないエネルギーで動作する電子機器(省エネルギー型エレクトロニクス)、非常に小さなサイズでわずかな変化を精密に感知するナノセンサーなど、さまざまな最先端技術への応用が考えられます。

このように「原子の振動を操る」という新しいアイデアは、まさに材料科学や技術開発の新時代を切り開く重要な鍵になるでしょう。

今回の研究は、これまで理論的な予測にとどまっていた微小な世界の振動現象を実際に目に見える形で確認し、その重要性を示したという意味で、科学史に残る大きな出来事です。

研究者たちは「震える原子」の姿をはじめて明確な「映像」としてとらえることで、私たちがまだ見ぬ未来のテクノロジーへの新しい扉を開いたのです。

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元論文

Atom-by-atom imaging of moiré phasons with electron ptychography
https://doi.org/10.1126/science.adw7751

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。