つまりトランプ氏は着々と自陣の仲間を増やしつつあるともいえ、パウエル氏が議長を務める来年5月までに勢力地図は着実に分裂していくとみてよさそうです。例えていうならアメリカの連邦最高裁の判事の政治的色彩が強くなっているのと同じとも言えます。

アメリカの金融政策が政治的な意図を含む動きとなればFRBの独立性は裁判所と同様、形骸化するわけですが、一方で議論は白熱するだろうとみています。FRBの政策決定はおびただしい統計の分析をベースとして事実関係の認識を行い、政策決定に論理的裏付けを持たせるという流れかと思います。ただ、考え方として統計数値に一定傾向がみられるならpreventive(予防的)対策を打ち出すべきというアプローチがあります。これは議長の個人的性格によるところも大きく、パウエル氏はあまり取り込まなかったとも言えます。故に統計の遅効性も伴い、判断が遅すぎるとトランプ氏の怒りを買う傾向があるとも言えます。

さてトランプ氏は利下げを強く要求、ベッセント財務長官も1.5-1.75%利下げ余地があると発言し、波紋を呼びました。ベッセント氏の言わんとしている点は、利下げ幅は別として私も同様の主張をしてきたのでよくわかります。一種の国際水準ベースの様なものでしょうか?「国際水準ベース」などという言葉はないと思います。言わんとする意味は、例えばインフレ率が高かった頃、各国は同様に利上げで対処しましたが、その後、日本を除く主要国はインフレの鎮静化と共に利下げを敢行しました。一方、アメリカは途中まで付き合ってそのあと見送り姿勢に変えたのです。様々な理由はあると思いますが、主因はトランプ関税を見越したものだと思います。これが「国際水準から外れた」と主張するのがベッセント氏の論理ではないでしょうか?

仮にそれが正だとすれば統計主義のFRBのポリシーに対して他国とのすり合わせでは意味がないじゃないか、との意見があるでしょう。そうなのです。そこには強いこだわり故にパウエル議長は予防的な利下げをしたくなかったのでしょう。私の見る理由は至極単純で、「金融政策は一定の方向性と安定感を持たせる必要がある。よってある月は利上げ、ある月は利下げという先行きが読みにくい政策はすべきではない」という方針故だとみています。