
1980年代、まだポルトガル領だった頃のマカオ。その片隅にある小さな大衆食堂「八仙飯店」で、犯罪史に刻まれる、あまりにもおぞましい事件が起きた。それは、強欲と狂気が生み出した悪夢のような物語であり、人々の心に深い傷跡と、消えることのないおぞましい都市伝説を残した。
八仙飯店と、借金に溺れた“影の男”
「八仙飯店」は、鄭林(ゼン・リン)一家が経営する、地元で評判のレストランだった。道教における伝説の仙人「八仙」の名を冠したこの店は、繁栄の象徴あり、一家の勤勉さの証でもあった。
しかし、その平穏な日々の裏で、一つの闇が静かに蠢いていた。その男の名は、黄志恒(ウォン・チーハン)。店の常連客であり、重度のギャンブル依存症者だった。伝えられるところによれば、ある夜、黄は店の経営者である鄭林とその仲間たちとの賭博で大勝ちし、鄭林は黄に対して約18万パタカ(現在の価値で数千万円)もの負債を抱えることになった。
しかし、鄭林はこの支払いを拒否。1年が経過しても借金は一向に返済されなかった。約束を反故にされた黄は、鄭林に対する憎悪を募らせ、ついに自らの手で「取り立てる」という、人の道を踏み外す決断を下す。
悪魔が扉を叩いた夜 ― 一家惨殺の惨劇
1985年8月4日の夜、黄は鄭林に借金の返済を迫るため、八仙飯店を訪れた。彼はまず、配達員を装って店のドアを開けさせると、中にいた鄭林一家を脅迫。手元にあったビールの瓶を割り、それを武器に鄭林の息子を人質に取り、一家全員を縛り上げ、口を塞いだ。
絶望的な状況の中、鄭林は金の支払いを約束した。黄が一時的に警戒を緩め、人質の縄を解こうとした瞬間、鄭林は最後の力を振り絞って抵抗し、助けを求める叫び声を上げた。
この抵抗に逆上した黄の狂気は、もはや誰にも止められなかった。彼はまず、抵抗した鄭林を惨殺。続いて、恐怖に泣き叫ぶ彼の妻を手元にあった割れた瓶で殺害した。これを皮切りに、黄は口封じのため、その場にいた鄭林の子供たち、母親、姉妹、そして従業員に至るまで、一人、また一人と手にかけた。
店内にいた9人が惨殺され、悲劇は終わりかと思われた。しかし、黄の狂気はまだ終わらなかった。店内で最後に殺害された鄭林の息子が、死の間際に「大叔母さんが警察に通報するぞ!」と叫んだのだ。
この言葉を聞いた黄は、口封じのため、一家の親戚である陳珍(鄭林の妻の妹)の家へと向かった。「子供が熱を出した」という卑劣な嘘で彼女を八仙飯店まで誘い出し、最後の犠牲者としてその命を奪った。こうして、合計10人もの尊い命が、一人の男の周到かつ残忍な計画によって奪われたのである。
