このように、熱中症の本当の怖さは、本人がその異変に「気づけないまま、急激に重症化してしまう」点にあるのです。

では、なぜそんなことが起こるのでしょうか?

じつは私たちの体は、「水が足りない」と気づくまでに時間がかかります。

たとえば、人間の体重の1〜2%に相当する水分、すなわち体重60kgの成人なら約360〜720ミリリットルの水分を失うと、喉の渇きを感じ始めます。

これは一見ごくわずかな減少量ですが、この時点で集中力や身体能力はすでに低下を始めているのです。ただし、この段階で水分を補給すれば、基本的には深刻な影響は起きません。

問題なのは、暑い日にはその水分が驚くほどの速さで失われていくということです。

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気温が35℃を超えるような炎天下では、軽作業や運動をしているだけでも、1時間あたり1〜1.5リットルもの水分を汗として失うことがあります。つまり、のどの渇きに気づいてから水を飲んだ場合、すでに体重の3%近い脱水状態に達している可能性があるのです。

体重の3%以上の水分を失うと、筋肉のけいれん、めまい、吐き気、強い疲労感などの症状が現れ始めます。そして5%以上の水分を失えば、判断力の喪失や意識混濁、最悪の場合は命の危険すらある「熱射病(重症の熱中症)」の段階に入ってしまいます。

さらに深刻なのは、高温下では脳の温度も上昇するという点です。イスラエルのシェバ医療センターとテルアビブ大学の研究によれば、体温が上がると脳の「前頭葉(ぜんとうよう)」の働きが著しく低下することが報告されています。前頭葉は意志決定や感情のコントロールを担う部位でありこの働きが低下すると、水を飲むかどうかといった基本的な判断さえ難しくなるのです。

つまり、体が危険な状態に陥っていても、「自分ではその危険に気づけない」――これこそが熱中症の最大の落とし穴です。

「喉が渇いたら水を飲めばいい」という常識は、高温環境では通用しません。のどの渇きが現れるころには、すでに脳が正しい判断を下せなくなっている可能性すらあるのです。