こうしたリスクに対して研究者側は、以下のような反論や考え方を提示しています。
まず、公開データの価値が指摘されています。
ゲノム情報を公開することにより、世界中の研究者が協力してスペイン風邪の感染力や病原性のメカニズムを解析し、新たなパンデミックを予防するための重要な手掛かりを得ることができると考えられています。また、このデータを活用することで、将来的に新型ウイルスが出現した際にも迅速かつ効果的な対応が可能になるという期待があります。
また、「再構築の困難さ」も指摘されています。
実際にスペイン風邪ウイルスを再構築することは技術的・設備的に非常に困難であり、高度な専門知識と厳重な管理体制を要します。そのため、現実的には容易にバイオテロなどに利用できるわけではないという意見もあります。
こうした背景から、現在ではゲノムデータは「ヒト由来の情報を除去したうえで」安全性や倫理面での問題を最小限に抑える工夫を施した上で公開されています。今回の研究でも、人間のゲノム情報を除いたウイルスゲノム配列が安全かつ倫理的に適切な形で公開されています。
このような情報は、次に新しいウイルスが出現した時に非常に役立つものです。
新興ウイルスがヒトからヒトへ感染するために必要な変異を起こすプロセスを事前に予測することが可能になれば、感染拡大をいち早く防ぎ、有効な対策を講じることができるかもしれません。
つまり、過去の悲劇的なパンデミックから得られた教訓は、私たちが将来直面する可能性がある新たな感染症の脅威に対処するための「羅針盤」となるのです。
さらに、この研究では、ホルマリン処理された古い病理標本から劣化したRNAを効率よく取り出すという画期的な技術が開発されました。
これは他の過去の感染症の研究にも応用が可能であり、100年前のみならず、さまざまな歴史的パンデミックの病原体ゲノムを解読できる可能性を開きました。