古い標本から100年以上も前のウイルスの遺伝情報を取り出すことが可能であることが証明されたのです。
これは単に過去の謎を解くという興味深い試みだけにとどまりません。
今回の研究によって示されたように、過去のパンデミックにおいてウイルスが人間への感染を強めるためにどのような変異を遂げていったのかを理解することで、ウイルスが持つ「進化の道筋」をより正確に把握することができるのです。
【コラム】スペイン風邪ウイルスのゲノムを公開しても大丈夫か?
スペイン風邪ウイルスのゲノム情報を公開することについては、研究者や公衆衛生の専門家の間でも意見が分かれています。特に強い懸念が示されているポイントは以下の通りです。
第一に、「ウイルス再構築のリスク」が挙げられます。
スペイン風邪ウイルスは、人類史上最悪のパンデミックを引き起こした非常に病原性の高いウイルスです。その詳細なゲノム情報が公開されると、それを元に技術的にウイルスを人工的に合成(再構築)することが可能になる恐れがあります。特に、現代では合成生物学の技術が急速に進歩しているため、技術的な障壁が年々下がっています。そのため、研究目的以外の悪意ある利用(バイオテロリズム)を懸念する声が根強く存在しています。第二に、「意図せざる漏洩や事故のリスク」も考えられます。
実際に1918年のスペイン風邪ウイルスを再構築した研究は過去にもありましたが、その際にも安全性や倫理的な観点から強い議論が巻き起こりました。これらの研究では、バイオセーフティレベル(BSL)が最も厳しいBSL-4施設での厳重な管理が必要ですが、それでも絶対的な安全は保証できないという懸念があります。第三に、「倫理的および心理的なリスク」です。
スペイン風邪ウイルスに対するゲノム情報の一般公開は、特に感染症の危険性やリスクを理解しにくい一般の人々に対して、不安を煽る可能性があります。歴史上の感染症の恐怖を不必要に蘇らせることで、社会的な不安を生み出しかねないという指摘もあります。