ホルマリン処理は確かに組織を長持ちさせますが、一方でRNAをバラバラに壊してしまうという弱点がありました。

つまり、1世紀以上も前のホルマリン標本からRNAを取り出して解析することは、非常に困難な挑戦だったのです。

そのため、これまでスイス国内に眠っているスペイン風邪の患者の標本から、RNAを抽出してゲノム解析を試みた例はありませんでした。

北米やドイツではごく僅かですが成功例が報告されていますが、スイスからの報告はこれまで皆無でした。

そこでスイスの研究チームは、100年以上もの間眠り続けてきた患者の病理標本に改めて着目しました。

果たして、ホルマリン処理されて劣化が進んだ肺組織から本当にRNAを回収し、ゲノムを復元することが可能なのでしょうか?

そしてその復元されたゲノムから、当時のウイルスが人間に対してどのように適応していったのかという謎を解明することができるのでしょうか?

ホルマリン漬けのサンプルから「スペイン風邪」のゲノムを蘇らせる

ホルマリン漬けにされた犠牲者の肺
ホルマリン漬けにされた犠牲者の肺 / Credit:An ancient influenza genome from Switzerland allows deeper insights into host adaptation during the 1918 flu pandemic in Europe

果たして、ホルマリンで処理され劣化が進んだ肺組織から、本当に100年以上前のウイルスRNAを取り出し、ゲノムを復元することは可能なのでしょうか?

そして、そのゲノム情報を用いて、当時のウイルスが人間に適応していった様子を詳しく明らかにすることはできるのでしょうか?

この大きな謎に答えを出すために、研究チームはまず貴重な標本を探すところから取り組みを開始しました。

研究者たちは、スイス・チューリッヒ大学医学部が所蔵している、100年以上前の病理標本コレクションを調査しました。