ここに眠っていたのが、スペイン風邪が最初にスイスを襲った1918年7月に亡くなった、わずか18歳の男性患者の肺の標本でした。
この標本は、亡くなった患者の肺組織をホルマリンという薬品に漬けて長期保存されたものでした。
ホルマリンは組織を非常に長く保存するのに役立ちますが、RNAを壊してしまうという難点があります。
つまり、この標本に本当に当時のRNAが残っているかさえもわからない、非常に難易度の高い挑戦だったのです。
研究者らは、まずこの標本からウイルスのRNAを取り出すために、新たな抽出法を開発しました。
この手法では、組織を特殊な条件下で慎重に処理し、ホルマリン処理によるRNAの劣化を可能な限り防ぎつつ、短くバラバラになったRNA断片を丁寧に回収しました。
特にこの手法では、小さく壊れた短いRNA断片を効率よく回収できるよう工夫されています。
研究チームはこうした短いRNA断片を多数回収し、それらを精密な遺伝子解析機器にかけました。
この結果、研究者らは約98.8%をカバーする「ほぼ完全な」スペイン風邪ウイルスのゲノム情報を得ることに成功しました。
このゲノム情報は、スイスで記録された1918〜1920年のパンデミックウイルスとしては史上初のものとなります。
スペイン風邪ウイルスのゲノム情報はどこで公開されているのか?
今回の研究で復元されたスイス由来のスペイン風邪ウイルスのゲノム情報は、公開の遺伝子データベースである NCBI(米国国立生物工学情報センター)のBioProject(バイオプロジェクト)に『NCBI BioProject ID: PRJNA1181848』として登録されています。こちらのデータは、研究者だけでなく一般の方々でもオンライン上で自由に閲覧・アクセスすることが可能です。NCBIのデータベースを利用することで、100年以上前のスペイン風邪ウイルスの遺伝子情報を自ら確認し、詳細な解析や研究の参考にすることができます。