米トルーマン大統領と政府高官は、「1945年6月以来、近い将来に核兵器が利用可能になる可能性が高いことを認識していた」。
「ポツダム宣言に対する日本の一見妥協のない対応、そしてダウンフォール作戦による犠牲者の急増が予測されていたことを踏まえ、日本に対する『特殊爆弾』使用という計画を実行することにほとんど躊躇はなかった」。
「当時の主要な意思決定者にとって、日本の都市に1発、あるいは複数発の原子爆弾を投下することは、はるかにましな悪と思われた」という。
勝利の代償は
この出来事をしばらく経ってから振り返って、最初の原子爆弾を開発した「マンハッタン計画」の元責任者、レスリー・R・グローヴス中将は次のように述べたという。
「広島と長崎への原爆投下は、第2次大戦を終結させた。それについて疑いの余地はない。恐ろしい規模の死と破壊をもたらした一方で、それ以上の損失——米国人、英国人、そして日本人の命——を防いだのだ」。
「この見解は、当時もその後も、主に無防備な民間人を対象としたこのような兵器の使用が正当化されるかどうかについての激しい議論を引き起こした。しかし、『核という魔神』は一度瓶から放たれてしまえば、もう元には戻せなかった。冷戦時代の超大国間の対立において、常に存在する『核の選択肢』という脅威は、1945年以降の世界政治を形づくることになった。広島と長崎は、『相互確証破壊(MAD)』という悪夢のような概念を世界にもたらし、今なお私たちを脅かし続けている」(以上、引用終わり)。
個人的な感想
ここまで読んで、皆さんはどう思われただろうか。
戦争博物館の「勝利の代償」という項目は格調高く終わっている。だが、英国は世界でも数カ国しかない核兵器保有国の1つなのである。
欧州ではロシアの侵攻で始まったウクライナ戦争の終わる道筋が見えてこない。ロシア・プーチン大統領がちらつかせるのは核兵器の恐怖だ。ウクライナの隣国の1つ、ポーランドでは自国で独自の核兵器を持つ構想もでるほど、きな臭い状況となっている。