研究チームのケターレ教授は、これらを「作りうる限り最小のスリット」と呼んでいます。
こうして「究極の二重スリット実験」を、多数の原子(スリットの代替品)を使って実現できるようにしたのです。
実験では、この原子のスリット群に、非常に弱いレーザー光を当てました。
このレーザーは非常に弱く調整されていて、原子一個あたりが同時に複数の光子を散乱することはほとんど起きません。
つまり、一度に散乱される光子(光の粒)は極めて少なく、原子が光子の通った道をはっきりと記録できるかどうかを精密に調べることができました。
また、研究者たちは原子の固定の強さを制御することで「はっきりと固定された状態(存在確率の範囲が狭い)」と「ぼんやり広がった状態(存在確率の範囲が広い)」という二つの状態を作り、その違いが光の振る舞いにどう影響するかを調べました。
このときレーザーを強くして原子をはっきり固定すると、原子は光子が通った道の情報をほとんど記録できなくなります。
原子自身が全然“もやもや”していないので、光子に「道の痕跡」を残してもらう場所がほとんどないからです。
こうなると光子は量子的な波のような性質を強く示し、はっきりとした干渉縞が見えます。
逆に、原子が「もやもや」と広がった存在確率(波束)を持っている場合、原子が「自分のどこを通ったか」を光子とのやりとりで“記録”しやすくなります。
原子が広がっていれば広がっているほど、光子が通ると原子のどこかに「足跡」をつけることができ、その情報が残ります。
その結果、量子的な波の性質が消えてしまい、光は粒子として振る舞ってしまいます。
この「情報の記録」こそが、量子の“波のような重ね合わせ”を壊してしまうスイッチなのです。
コラム:なぜ情報の記録が量子的性質を奪うのか?
量子力学では、光子はスリットを通るときに「どっちの道も同時に通る(波の重ね合わせ)」という状態になっています。でも、スリット(や原子)がその通り道を“感じ取り”、その情報が(たとえば原子の動きやエネルギーの変化として)残ってしまうと、「光子がAを通った」と「光子がBを通った」という2つの世界が、もう互いに“混ざることができなくなる”のです。これは“エンタングルメント(量子的なつながり)”という現象とも深く関係しています。光子と原子が一瞬「つながった」ことで、どちらの道を通ったかという情報がどこかに“書き込まれる”と、もはや両方の道を同時に進むことはできなくなり、波としての性質(干渉)は消えてしまうのです。逆に言えば、情報がどこにも残っていなければ、「どっちも通った」状態のまま、波としてふるまうことができるのです。要するに――「観察=情報の記録や確定」こそが、“波と粒の分かれ道”を作るスイッチです。これは、誰かが実際に目で見たかどうかは関係なく、“物理的に世界のどこかに情報が刻まれた瞬間”に現実のあり方が変わる、というのが量子のルールなのです。