私たちが知る生命の誕生は「水」を前提としています。
地球上の生き物は例外なく水分を必要とし、科学者たちは長年、宇宙のどこかに「液体の水があるか」を生命探しの手がかりとしてきました。
しかし今、その常識をくつがえすかもしれない仮説が提案されました。
舞台は土星の衛星「タイタン」。
地表に湖や海を持つこの氷の世界で、液体の水なしでも「生命の素」ともいえる構造体が自然に生まれているかもしれないというのです。
NASA(アメリカ航空宇宙局)の最新研究によって、その驚くべき可能性が明らかになりました。
研究の詳細は2025年7月10日付で科学雑誌『International Journal of Astrobiology』に掲載されています。
目次
- タイタンに「生命体の素」が形成される?
- ベシクルはやがて「原始細胞」へと進化する?
タイタンに「生命体の素」が形成される?
土星の衛星タイタンは、太陽系で唯一、地表に液体をたたえる天体として知られています。
ただしそれは水ではなく、メタンやエタンといった炭化水素の液体です。
地表温度はマイナス180度前後。あらゆる生き物が凍りつくような極寒の環境です。
それでもタイタンには雨が降り、湖や川が流れ、雲が空を覆う――まるで地球のような「循環サイクル」が存在しています。
ただし、水の代わりに活躍するのがメタンというわけです。

こうしたタイタンの背景の中で、研究者たちはある仮説を立てました。
タイタンでは、まずメタンの大雨が降り、大気中の分子を湖の表面に運びます。
これらの分子は、水のような極性液体(分子内に電気的な偏りを持つ液体)を引き寄せる性質と、脂質のような非極性物質(分子内に電気的な偏りがない)を引き寄せる性質の両方を持っています(=両親媒性)。
例えば、最近のカッシーニ探査機による観測で確認された「ニトリル化合物」。