一方、金銭など音楽以外の報酬では報酬回路は普通に反応します。つまり「音楽を聴く」という入力に対してだけ、快感を生み出す回路が特異的に反応しにくいのです。

また、音楽好きな人の脳では、聴覚をつかさどる右上側頭回(STG)と快感をつかさどる側坐核(NAcc)が音楽を聴いているときに強く同期して活動しますが、SMAの人ではこの2つの領域の機能的なつながりが弱いことが報告されています。

これは専門的に「聴覚ネットワークと報酬ネットワークの機能的結合が低い状態」と呼ばれます。

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さらに、脳の構造面でも違いが見つかっています。STGとNAccをつなぐ経路は直接ではなく、途中にある眼窩前頭皮質(OFC)や島皮質といった“乗り換え駅”を経由します。この経路の白質(神経線維)の健全性が、音楽からの快感の感じやすさと関係することが示されています。SMAの人では、このハブを通る“回線”が弱く、音楽情報の伝達効率が低下している可能性があります。また、右側の側頭葉を損傷した患者が音楽への興味や快感を失った症例も報告されており、この回路の損傷がSMAの原因になる場合もあります。Credit:Canva

こうしたことから、SMAの人は耳や報酬回路そのものではなく、耳から心へメッセージを送る脳内のつながりがうまく働いていないと考えられます。

たとえるなら、音楽好きの脳内には耳から心へ音楽を運ぶ高速道路がしっかり通っていますが、SMAの脳ではその道路が途中で途切れてしまっているのです。

音楽以外の“刺さらない”もあるかもしれない

音楽以外の“刺さらない”もあるかもしれない
音楽以外の“刺さらない”もあるかもしれない / Credit:Canva

今回の総説は、音楽が人にもたらす喜びの背景に、脳のネットワークのつながり方が深く関わっていることを整理しています。

従来の報酬系研究では、快感を感じにくい人は刺激の種類を問わず一様に感じにくいとされがちでしたが、SMAは特定の刺激にだけ反応が弱い例として、感覚ごとに異なる脳の経路が存在する可能性を示しています。