ロシアのウクライナ全面侵攻時に首相を務めていた岸田文雄氏は、「欧州大西洋の安全保障とインド太平洋の安全保障の一体化」といった言い方を好み、ロシアに対する制裁に参加し、ウクライナへの大規模支援を推進した。日本が、ロシアに対するウクライナの勝利に最大限の貢献をすることが、東アジアの平和をもたらす、といったレトリックが好んで用いられた。

政府が正確な数字を公表しないため、完全には言いえないが、これまでの断片的な情報提供の様子から、全面侵攻以降、日本はウクライナに120~150億ドルの資金提供をしていると考えられている。2024年だけで45億ドル(約6,600億円)を提供していることが、ウクライナ政府側からの発言でわかっている。2025年度(令和7年度)政府案における外務省およびJICAを含む無償資金協力の全体予算は1,514億円なので、いかに巨額の資金がウクライナに優先して配分されているかがわかる。もちろんウクライナ向けの支援に円借款の有償資金協力が相当に含まれているので、こうした計算が成り立つ。ただウクライナが投資先として有望であるかは微妙であり、最悪の場合には財政破綻したウクライナ政府の債務取り消しに協力しなければならないことが折り込み済になっていることも、明らかになっている。

2022年ころに、私は「欧州大西洋の安全保障とインド太平洋の安全保障の一体化」とは何なのかについて少し研究をしてみようと考えたことがある。その観点から、日本は特に黒海に面した港町オデッサを重視すべきだ、といったことを書いたこともある。しかし、驚くべきことに、「欧州大西洋の安全保障とインド太平洋の安全保障の一体化」を唱える実務家層も学者層も、それが政策論として何を具体的に意味しているのかを精緻化することには、全く関心を持っていないことが、やがてわかってきた。誰もそのようなことを研究しようとはしていなかった。ただ単に印象論的なスローガンとして存在していただけだった。