科学が解き明かす“声”の正体

 人々のロマンあふれる憶測とは裏腹に、NOAAの科学者たちは冷静な分析を進めていた。そして、彼らが導き出した最も有力な説は、「巨大な氷山が海底に座礁した音」、すなわちアイスクェイク(氷震)であるというものだった。

 氷山が海底の岩や土を削る際に発する、きしむような巨大な摩擦音。それが、何千キロもの距離を伝わって記録されたのではないか、というのだ。では、なぜそれが「女性の声」に聞こえるのか?

 その秘密は、16倍速再生にある。元の音は、人間には聞こえない20Hz以下の超低周波音だ。例えば、元の音が10Hzだったとすると、16倍速で再生することで周波数は160Hzにまで上昇する。これは、女性の声の周波数帯(約165Hz~255Hz)に非常に近い。つまり、「ジュリア」の不気味な響きは、周波数シフトが生み出した偶然の産物だったのである。

 実際、1997年に記録された、さらに強力な謎の音「ブループ(Bloop)」も、現在では同様にアイスクェイクが原因とされている。「ジュリア」は、決して唯一無二の怪奇現象ではなかったのだ。

“ジュリア”が私たちに問いかけるもの

 科学的な説明がなされた今もなお、「ジュリア」が人々の心を捉えて離さないのはなぜだろうか。それは、この音が海の神秘性と、私たちが直面する地球規模の課題の両方を象徴しているからかもしれない。

 2019年、海洋保護団体「Surfers Against Sewage」は、この「ジュリア」の音声をキャンペーンに使用し、海の環境保護の重要性を訴えた。未知の深海から聞こえる物悲しい声は、人間の活動によって脅かされている海洋生態系の悲鳴のようにも聞こえる。

 近年、気候変動の影響で南極の氷床の融解は加速している。これは、今後「ジュリア」のようなアイスクェイクが、さらに頻繁に発生する可能性を示唆している。かつては単なるミステリーとして語られた謎の音が、今や地球の健康状態を測るバロメーターとなりつつあるのだ。

深海に響く謎の“女性の声” 25年間、未解決だった「ジュリア」は地球からの“悲鳴”だったのかの画像2
(画像=イメージ画像 Created with AI image generation (OpenAI))