日本の刑法第224条「未成年者略取誘拐罪」は、現在の法解釈と現場の慣例では、親権者以外の第三者による誘拐を対象としており、親による子どもの連れ去りは、基本的には犯罪になりません。
また、家庭裁判所や行政文書においては「子連れ別居」「面会交流問題」などの表現が使われているため、官公庁を取材対象・情報源としているマスメディアはこれに倣って報道します。「実子誘拐」と報じることで法的・社会的に「事件」と断定するリスクを避ける、という慎重さが働いていると言えます。また、「誘拐」という強いレッテルは、名誉毀損訴訟や損害賠償のリスクにつながります。
「プライバシー」か「公益性」か
マスメディアが被告となった名誉毀損訴訟は過去に多くあり、その傾向によっても報道表現が変わってきています。
具体的には、刑期を終えた犯罪歴のある人物について「前科者」という言葉を用いることや、精神疾患名と犯罪の結び付け報道、外国人犯罪報道における民族名や国名の表示、部落差別に結び付く地名の記載などで、これによってメディア側による名誉毀損が認められたケースがあり、これらはすべて報道側の言葉選びに慎重さをもたらしています。個人のプライバシーへの配慮から、具体的、断定的な表現を避け、抽象化の流れを生んでいます。
とはいえ、一定の公益性や真実性が認められた場合には、断定的表現も許容されることがあります。例えば、宗教団体の幹部の過去の逮捕歴報道や製品事故での企業名公表は名誉棄損には当たらないとされるケースもあります。
報道内容の公益性・人物の公的地位・報道の態度によって、言葉選びの許容範囲は変わり得ます。マスメディアの報道は、個人の「プライバシー」と「公益性」のバランスの上で成り立ちます。
「実子誘拐」と報じた記事
冒頭のフランス人当事者の事件について、筆者は2019年に「『娘が車のトランクに』日本で横行する実子誘拐」として、プレジデントオンラインで報道しました。これについて2023年に、日本人妻が「名誉毀損」として筆者とプレジデント社を提訴。