ヒト胎児脳の大部分を一度に再現できるため、神経発生の全体像を試験管内で観察できるようになりました。
これは脳全体に影響する神経疾患の研究にとって画期的な進歩です。
例えば自閉スペクトラム症や統合失調症、アルツハイマー症などは脳のネットワーク全体に関わる複雑な疾患ですが、多領域脳オルガノイドを使えば、それらが胎児期にどのように芽生え進行していくのかをリアルタイムで追跡できます。
動物モデルでは再現できなかったヒト特有の脳内異常を、この「ミニ脳」で疑似的に再現し、その場で治療薬を試すことも可能になるでしょう。
実際、神経疾患の新薬開発では現在マウスなど動物実験に頼っているため、ヒトで効果が出ず失敗に終わるケースが後を絶ちません。
ヒトの細胞でできた全脳オルガノイドを用いれば、薬剤が人間の脳発達に与える影響を事前に確認できるため、臨床試験での成功率を高める切り札になるかもしれません。
研究を率いたアニー・カトゥリア氏も「神経発達症や精神疾患を理解するにはヒト由来のモデル研究が必要ですが、人の脳を直接取り出して観察することはできません。全脳オルガノイドがあれば、疾患が発症する様子をリアルタイムで見たり、治療が効くか試したり、患者に合わせた治療法を模索することだってできるのです」と述べています。
ただ今回の研究では本物の脳そのものを完全に再現するには至っておらず、研究者たちは今後はより包括的な「全脳」を目指していくと述べています。
人類が自らの脳を“模倣し、観察し、改良する”時代が、ついに現実のものとなりつつあるのです。
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元論文
Multi-Region Brain Organoids Integrating Cerebral, Mid-Hindbrain, and Endothelial Systems
https://doi.org/10.1002/advs.202503768
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