実際、このミニ脳は発生学でいう胎児40日齢ほどの脳に相当し、発達途中のニューロンやグリア細胞が多数確認されました。
サイズ自体は直径数mm程度で、含まれるニューロンの数は約600万~700万個と推定されています。
これは成人の脳(数百億個)と比べると圧倒的に少なく極小ですが、逆に言えば数百万もの神経細胞が互いに通信し合う「ミニ脳回路」がシャーレの中に存在していることになります。
加えて、脳を取り囲んで物質の出入りを制限する血液脳関門と呼ばれる脳のバリア機能の初期的な形成も、オルガノイド内で確認されました。
これは脳の血管が単に栄養を運ぶだけでなく、選択的なバリアを作っている証拠で、本物の脳に近い機能です。
さらに最も注目すべきは、脳と血管の相互作用により、これまでの単独のオルガノイドでは見られなかった新たな現象も明らかになりました。
それは、血管の細胞が後脳(脳幹や小脳に相当する領域)の発達を強力に支えているという発見です。
研究チームが詳細に解析したところ、後脳の中間的な神経細胞(将来ニューロンになる「前駆細胞」)は、血管成分を含むオルガノイドでのみ多く維持されていました。
つまり血管から放出される物質が後脳の未熟な細胞を育て、生存を助けていたのです。
一方で、大脳(前脳)の発達には血管細胞の存在はそれほど重要ではなく、血管なしでもほぼ正常に大脳組織が成長できることもわかりました。
このように、全脳オルガノイドの解析から血管と神経の新たな“会話”の存在が明らかになり、実際に13種類ものこれまで知られていなかったシグナル伝達のやり取りが検出されています。
これは脳の発生過程を理解する上で重要な知見であり、従来の単一オルガノイドでは発見できなかった現象です。
人の代わりになる脳モデル

今回開発された多領域脳オルガノイド(MRBO)は、単一の領域しか持たない従来の単一脳領域モデルとは異なる、『新世代の脳オルガノイド』です。