「カルト教祖」と「悪魔の愛人」—事件の主役たち

 捜査線上に浮かび上がったのは、地元のピンプ(ポン引き)であったカール・ドリュー(当時26歳)。暴力的で巧みな人心掌握術を持つ彼は、売春婦たちを恐怖で支配する「悪魔崇拝カルトの教祖」として、瞬く間に事件の主犯格と見なされた。

 そして、この物語のキーパーソンとなるのが、当時17歳のロビン・マーフィーだ。彼女自身も売春組織の一員であり、ドリューの側近だった。彼女は検察側の重要証人として、おぞましい儀式の実態を赤裸々に語り始めた。

 マーフィーの証言によれば、ドリューは森の中で黒ミサを執り行い、動物を生贄に捧げ、乱交パーティーに耽っていたという。そして、カレン・マーズデンの殺害は、ドリューが「悪魔への生贄」として命じた、儀式のクライマックスだったと証言したのだ。

 この衝撃的な証言に基づき、カール・ドリューは1981年に終身刑を宣告された。一方、ロビン・マーフィーは司法取引に応じ、減刑と引き換えにドリューを有罪に追い込んだ。

“サタニック・パニック”が生んだ冤罪の闇… フォールリバーの悪魔的殺人事件 ― それは本当に「儀式殺人」だったのか?の画像4
(画像=画像は「a true crime podcast」より)

40年後の告白「すべて嘘だった」—崩壊する物語

 物証は何一つない。すべては、ロビン・マーフィーという一人の少女の証言の上に成り立っていた。しかし、事件から数十年後、彼女自身の手によって、その物語は根底から覆される。

「すべて嘘だった。当局の圧力に屈し、自分の刑を軽くするためにカール・ドリューを陥れた」

 マーフィーはそう告白し、過去の証言をすべて撤回したのだ。彼女のこの言葉は、事件の構図を180度転換させた。本当にカール・ドリューは「カルト教祖」だったのか?悪魔崇拝の儀式は、本当に存在したのか?事件は一転して、深刻な「冤罪」の可能性を帯び始める。

「サタニック・パニック」という時代の狂気

 なぜ物証もないまま、これほど突飛な物語が信じられてしまったのか。その背景には、1980年代のアメリカを席巻した「サタニック・パニック」という社会現象がある。

 当時のアメリカでは、悪魔崇拝カルトが社会に潜み、子供を誘拐し、儀式殺人を繰り返しているという、根拠のない恐怖が蔓延していた。逸脱した若者の行動はすべて「サタニズム」と結びつけられ、数多くの杜撰な捜査や裁判が行われた。フォールリバーの事件は、まさにこの集団ヒステリーの象徴的な事件となってしまったのだ。

 貧困、売春、ドラッグ、社会の暗部に巣食う悪魔。人々は分かりやすい物語を求め、メディアは恐怖を煽り、警察は「サタニズム」という枠組みに事件を押し込めた。カール・ドリューは、時代の狂気が生み出した生贄だったのかもしれない。