今回の研究の注目点は、人類がいつからビンロウを使用していたのかという起源を、歯石という“ミクロの証拠”から突き止めたことにあります。

歯石は、唾液や食物の成分が歯に付着し、長期間の間に石灰化して固まったものです。

この中には、当時の食物や薬草、嗜好品の成分が微量ながら閉じ込められており、まるで「古代のUSBメモリ」のようです。

そこで研究チームは、現代の材料(乾燥ビンロウ、キンマの葉、石灰ペースト、セネガリアの樹皮、タバコ葉など)を用い、人の唾液で混ぜ合わせたものを再現。

これを噛んだ状態に模してすり潰して分析。基準となる化学データを作成しました。

そして、ノン・ラチャワット遺跡から出土した6体の人骨(約4000年前)の歯石36サンプルを採取し、同様に分析しました。

1人の女性の歯石から明らかになった「4000年前の嗜好」

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4000年前の女性の歯石からビンロウ使用の証拠を発見 / Credit:Piyawit Moonkham(Chiang Mai University)et al., Frontiers in Environmental Archaeology(2025)

分析の結果、1人の女性の奥歯3本から採取された歯石サンプルに、現代のビンロウ咀嚼の基準と一致する化合物が検出されました。

検出されたのは、ビンロウに含まれる精神活性化物質アレコリンおよびアレカイジンです。

これらは咀嚼によって唾液とともに口腔内に広がり、継続的な使用によって歯石中に取り込まれると考えられています。

つまり、この女性は一時的に試しただけではなく、繰り返しビンロウを嗜んでいたのです。

これは、歯石分析という新たな技術によって、考古学的に「見えなかった文化行動」を可視化した好例であり、古代人の生活実態に深く迫る画期的な成果です。

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人類は4000年前から”ハイ”になってきた / Credit:Generated by OpenAI’s DALL·E,ナゾロジー編集部