肥満と代謝を司る「冬眠遺伝子のハブ」
研究チームは、冬眠する動物としない動物の遺伝子を比較し、冬眠を制御する上で重要なスイッチの役割を果たすDNA領域を特定した。
そして、遺伝子編集技術CRISPR(クリスパー)を使い、実験用のマウスでこのスイッチをオフにする実験を行った。マウスは冬眠しないが、絶食すると「トーパー」と呼ばれる、代謝や体温が低下する省エネ状態に入ることができるため、モデルとして適している。
彼らが標的としたのは、「FTO遺伝子座」として知られる遺伝子群の近くにあるDNA領域だ。このFTO遺伝子座は、人間の体内にも存在し、肥満や関連疾患のリスクと深く関わっていることが知られている。いわば、代謝やエネルギー消費を司る「司令塔」のような場所だ。
実験の結果は驚くべきものだった。冬眠関連のスイッチを一つオフにするだけで、マウスの体重、代謝率、そして餌を探す行動に、顕著な変化が現れたのだ。あるスイッチをオフにすると体重が増えやすくなり、別のスイッチでは代謝が低下した。
この発見は、「FTO遺伝子座が人間の肥満に重要な役割を果たしていることを考えると、非常に有望だ」と、アラスカ大学フェアバンクス校の冬眠生物学の専門家、ケリー・ドリュー氏も高く評価している。
人間への応用—その可能性と課題
グレッグ教授は、この結果が人間にも応用できる可能性があると強調する。「重要なのは、遺伝子そのものではなく、それらのスイッチをいつ、どのくらいの時間、どのような組み合わせでオン・オフするかです。それが種の違いを生み出しているのです」。
しかし、専門家たちは慎重な姿勢も崩さない。カリフォルニア大学サンタクルーズ校のジョアンナ・ケリー教授は、「人間のDNAに同じ変更を加えれば済む、というほど単純な話ではありません」と指摘する。マウスが見せる絶食による「トーパー」と、動物の本格的な「冬眠」は、ホルモンや季節の変化など、その引き金となるメカニズムが異なるからだ。
今回特定された遺伝子のスイッチは、絶食に反応する代謝の「ツールキット」の一部ではあるが、冬眠そのものをオン・オフする「マスタースイッチ」ではないかもしれない、とドリュー氏も付け加える。
