今回の研究によって、私たち人間の体は、実際にウイルスに感染する前からすでに免疫の準備を始めている可能性があることがわかってきました。

これまでは「体の中にウイルスや細菌が入ってから」免疫細胞が働き出すというのが一般的な考え方でしたが、どうやらそうとは限らないようです。

私たちが病気の人を見ただけで、「なんとなく避けたくなる」「距離を取りたくなる」ような反応をするのは、気分の問題だけではなく、体の内部でも“見えないスイッチ”が入っている可能性があるのです。

研究チームは、この反応が「煙探知機のような仕組み」に似ていると説明しています。

つまり、まだ火が出ていないうちに、ちょっとした煙のにおいや動きに反応して、火災警報器が先に鳴るようなものです。

病気の人が咳をしている、肌に赤い発疹がある、そうした「ほんの小さなサイン」を見ただけで、私たちの脳は「これは危ないかもしれない」と判断し、免疫システムに対して「そろそろ準備しておいて」と知らせているのかもしれません。

これまで「行動免疫システム」と呼ばれていた、病気の人を避けるというような行動のしくみに加えて、今後は「体の中の免疫も一緒に動き出す」という可能性が加わったのです。

【コラム】なぜ病人を見ただけで免疫が活性化したのか?

今回の研究では、「どうして“病人を見ただけ”で体の免疫システムが本気モードになるのか?」という謎に科学的に迫りました。ここでは改めてその仕組みについてみていきます。私たちの脳は、目や耳、肌などいろいろな感覚から情報を集めています。その中でも「自分のすぐ近く」に病気のサイン(たとえば咳、発疹、青白い顔色など)があると、“これは危険かも!”といち早く気づきます。このとき本文でも述べているように脳の「パーソナルスペース(自分のまわりの安全地帯)」を見張るセンサーが反応し、脅威が近づいたと判断すると、脳の中の「警報センター(サリエンスネットワーク)」がスイッチを入れます。すると脳は、「視床下部」という体の司令塔を通じて、全身に「警戒せよ!」と指示を出します。その結果、体の中では自然免疫を担当する“先兵”の免疫細胞たちが一気に活性化します。これは、実際にウイルスや細菌に感染していなくても、もしものときにすぐ戦えるように体がフライングスタートで準備を始める、いわば“先回りの防御”です。まるで火災報知器が火の手が近づく前から鳴り出すように、脳が「危険信号」をキャッチしただけで免疫のエンジンがかかる――それが今回証明された「見るだけで免疫が動き出す」仕組みなのです。