しかし今回注目するササゲモザイクウイルスは、このT-VECとは異なる非常にユニークな方法で免疫を刺激することが分かっています。

まず、ササゲモザイクウイルスは植物に感染するウイルスであり、人間の細胞には感染できません。

つまり、人間にとっては完全に無害なウイルスです。

にもかかわらず、ササゲモザイクウイルスが人体に入ると、免疫系はこれを「未知の異物」と認識して警戒を開始します。

このとき、免疫細胞はウイルスを飲み込み、「これは敵だ」と判断して警戒警報を出します。

その結果、ササゲモザイクウイルスを攻撃するための免疫反応が起き、その過程で近くにいるがん細胞も一緒に免疫の攻撃対象となるのです。

実際に、このササゲモザイクウイルスを使った腫瘍内免疫療法は、マウスのさまざまながんモデルや犬のがん患者で高い治療効果を示しています。

ササゲモザイクウイルスを腫瘍に直接注入すると、まず好中球やマクロファージ、ナチュラルキラー(NK)細胞といった免疫細胞が腫瘍内に集まり、がん細胞を攻撃します。

また、この免疫反応は一度だけで終わるのではなく、B細胞やT細胞という「免疫の記憶」を担う細胞にも働きかけ、長期間にわたってがん細胞を攻撃し続ける能力を獲得させるのです。

つまり、最初に注射した腫瘍だけでなく、身体の他の場所に転移したがん細胞にも攻撃が及ぶ可能性があります。

しかし、ここで重要な疑問が生じます。

それは、「なぜササゲモザイクウイルスだけが、他の植物ウイルスと比べて特に強い免疫反応を引き起こせるのか」という点です。

実は、この研究チームが過去に行った比較実験では、ササゲモザイクウイルスだけが非常に強力な効果を示し、他のよく似た植物ウイルスではそのような効果が見られませんでした。

この「ササゲモザイクウイルスの特別さ」の理由は長い間わからずにいました。

なぜ一部の植物ウイルスだけに特別な抗がん効果があるのか?

植物ウイルスががんを叩く仕組みを解明

ササゲモザイクウイルス(CPMV)の構造
ササゲモザイクウイルス(CPMV)の構造 / 直径およそ30ナノメートルのサッカーボールのような形(正二十面体構造)をしています。60個の非対称なユニットで構成されており、それぞれSタンパク質(白)とLタンパク質(青と緑のドメイン)からできています。CCMVとよく似ていますが人間の体は両者に異なる免疫反応を示します。/Credit:Comparative analyses for plant virus-based cancer immunotherapy drug development