つまり、「戻れば確実に商品が手に入る」と分かっていても、「一度通った道を戻る」という行為自体を避ける傾向が見られたのです。
これは、先に進む店舗でその商品が見つかる保証はまったくないにもかかわらず、あえて不確実な道を選ぶという非合理的な判断です。
「埋没費用の誤謬(sunk cost fallacy)」は、失敗したプロジェクトなどから撤退して「やめる」決断ができないというものですが、今回の場合は単に戻った方が効率的という場面で、「戻る」という判断ができない心理を示しており、いわゆるコンコルド効果のような心理状態とは異なります。
これは単に“後ろに戻る”という行為そのものに対する忌避感が中心なのです。
研究チームはこうした新たに発見された心理傾向を「引き返し回避(doubling-back aversion)」と名付け、戻るという行為への忌避感が合理的判断に影響を及ぼす例として、今後さらに詳細な検証が求められると指摘しています。
研究者たちは、この傾向がさまざまな意思決定の場面で大きな影響を及ぼしていると考えています。
たとえば、書きかけのレポート、あるいはイラストや小説のようなものでも致命的な間違いがあり、最初から書き直した方が早く作業が終わるという場合でも、それができず細かい修正を繰り返して逆に時間を無駄にしてしまう。
組み立て家具の手順を間違えていて、一度バラしてやり直した方が楽な場合でも、そのまま強引に進めてしまう。

この現象は日常生活のあらゆる場面で見られます。また山岳遭難などでも影響している心理効果だと考えられます。
研究チームは、この現象の根底にある認知的および感情的メカニズムについて、次のような考察をしています。
-
「進んだ分だけ前進した」と感じる直線的な進捗観
人は行動の進捗を「距離」や「直線的な経路」で評価する傾向があります。このため、戻るという行為は「進歩の否定」や「無駄な足踏み」として直感的に捉えられてしまい、心理的な抵抗が生じます。