苦難の時期こそ、伴走の価値が問われる
投資家としてのやりがいについて尋ねると、田中氏は少し考えて、こう答えた。
「苦しい時期に今この瞬間が、将来は必ず美談になると信じて、共に踏ん張っているその瞬間にやりがいを感じます。起業家の挑戦の始まり、苦しかった時期をよく知っているからこそ、もちろん彼らが社会に認められていく瞬間に立ち会えると、ものすごく報われる気持ちになります」
インキュベイトファンドでは、投資先と週次でのミーティングを基本とし、必要に応じて連日顔を合わせることもある。支援というより、共に戦う「伴走者」でありたいという姿勢が強い。
エグジット(事業の出口戦略)についても「IPO(株式の新規上場)やM&A(合併・買収)など手段にこだわりはありません。大事なのは、いかに多くの人の本質的に重要な課題を解決できるか、それが実現できれば業績は上がり、企業価値も高まると考えています、結果指標としてのファイナンシャルリターンは社会に対する貢献の証でもあると思っています」と述べ、投資先企業が大きく成長することが何よりも大事との考えを示す。
シードに特化したIVSステージを創る意味
田中氏は2023年からIVSに企画スタッフとして関わってきた。今年は「IVSシード」ステージのディレクターとして、セッション設計から登壇者選定、モデレーションまで幅広く手がける。
「IVSは参加者数が圧倒的に多い。だからこそ、“尖った”テーマでないと、埋もれてしまう。個々のセッションがテーマ性と独自性を持っていることがもっとも大事だと思っています」
IVSシードが対象とするのは、起業準備中の学生や会社員、起業直後のアーリーステージの起業家、新規事業に悩む大企業内のイノベーターや大学研究者など。多様なペルソナを想定したセッションが展開される。
たとえば「Zero-to-Global Day1から世界に挑戦した起業家達に学ぶ事業構想」では、日本発の強みを世界市場に転換する成功例を紹介。「高級イチゴをNYで売る」「日本のお菓子を越境ECで展開」など、ユニークな事例が並ぶ。「多重法人格の革命:収益と社会的インパクトを両立させる新世代ベンチャーの挑戦」では、社会課題先進国の日本で「社会課題は儲からない」という常識に真っ向から挑戦する起業家達から、次世代の起業のヒントを探る。
セッション後、若き起業家が著名VCに直接声をかけ、その場で次なるステップへのヒントを得る。あるいは、ユニークな成功事例を聞いた研究者が、そのビジネスモデルに応用できないかと、隣に座ったビジネスパーソンに話しかける――。IVSシードでは、そんな“準備された偶然”が、いたるところで生まれる設計になっている。