乗組員は人間? 火星人? 奇妙でユーモラスな遭遇譚
この事件が他のUFO騒動と一線を画すのは、その乗組員との奇妙で、どこか人間味あふれる「遭遇譚」が数多く報告されている点です。現代のUFOといえば「グレイ型エイリアン」を想像しがちですが、当時報告された乗組員の多くは、まぎれもない「人間」でした。
アーカンソー州では、保安官が「飛行船で国中を旅している」と語る髭の男性に遭遇。男性の仲間たちは、せっせと水袋に水を汲んでいたといいます。ミシガン州では、飛行船の乗組員が農家を訪れ、「コーヒーと卵サンドイッチをくれないか」と頼み込み、カナダの硬貨で代金を支払ったという、何とも微笑ましい話まで残っています。
もちろん、中には不可解な話もあります。ストックトンで報告された事例では、H.G.ショーという名の退役軍人が、着陸した飛行船から現れた3人の細身の生物に連れ去られそうになったと証言。「彼らは火星人だった」と主張しました。
また、カンザス州の牧場主アレクサンダー・ハミルトンは、「飛行船がうちの牛をロープで吊り上げて連れ去った」という衝撃的な話をしましたが、これは後に地元のほら話大会で優勝するために彼が創作した物語であったことが判明しています。

秘密の発明家か、新聞社のデマか。謎をめぐる大論争
当時の人々は、この謎をどう解釈したのでしょうか。最も有力だったのは、どこかの天才発明家が、極秘に開発した飛行船の試験飛行を行っている、という説です。あまりに多くの人が噂したため、発明王トーマス・エジソンが「私ではない」と公式に声明を出すほどでした。しかし、もし本当に画期的な発明品だったのなら、なぜパイロットは名乗り出ず、忽然と姿を消してしまったのでしょうか。
もう一つの有力な説が、デマや集団ヒステリーです。19世紀末は「イエロージャーナリズム」の全盛期。新聞社は読者の気を引くためなら、どんな扇情的な話でも記事にしました。事実、飛行船の目撃報告は、それに関する記事が新聞に掲載された地域で集中して発生する傾向がありました。子供たちがランタンを付けた気球を飛ばすようないたずらも、横行していたようです。
とはいえ、目撃者の中には裁判官や警察官、聖職者といった信頼性の高い人々も含まれており、彼らの証言は驚くほど詳細で具体的でした。天文現象の誤認だけでは、とても説明のつかない報告が数多く残っているのも事実です。
