航空機事故調査の鍵を握る「ブラックボックス」。その名は広く知られているが、実際の色は発見しやすいように鮮やかなオレンジ色だ。この箱には、機体の飛行データを記録するフライトデータレコーダーと、コックピット内の音声を記録するコックピット・ボイス・レコーダー(CVR)が収められている。
CVRは、いわば機内に潜む「幽霊」だ。それはパイロットたちの最後の会話、鳴り響く警報、そして断末魔の叫びまで、事故の真実を冷徹に記録する。ここでは、数ある航空事故の中から、CVRに残された特に痛ましく、心に突き刺さる5つの事例を紹介する。
1. 静寂の「ゴーストフライト」:ヘリオス航空522便
2005年8月14日、ヘリオス航空522便はキプロスを離陸した。しかし、地上でのメンテナンス後、与圧システムの設定が「手動」のままになっていたことに乗員は気づかなかった。機体が上昇するにつれて客室の酸素濃度は低下し、乗員乗客は次々と意識を失っていった。
航空機は自動操縦のまま、2時間以上にわたってアテネ上空を不気味に周回。CVRは、鳴り響く警報音とエンジンの駆動音以外、人の声をほとんど拾わない、静寂に包まれていた。まさに「ゴーストフライト」だ。
しかし、記録の最後に変化が訪れる。携帯用の酸素ボンベを使い、意識を保っていた一人の客室乗務員がコックピットに入り、必死に救難信号を発信したのだ。だが、その声に応答はなく、やがて燃料が尽きた機体は墜落。乗員乗客121人全員が犠牲となった。
2. 意図された墜落と鉄の扉:ジャーマンウィングス9525便
2015年3月24日、ジャーマンウィングス9525便はフランス・アルプス上空を巡航していた。機長が一時的に席を外した隙に、重度のうつ病を隠していたアンドレアス・ルビッツ副操縦士はコックピットのドアをロック。意図的に機体を降下させ始めた。
CVRには、機長の絶叫とドアを破壊しようとする壮絶な音が記録されている。「この忌々しいドアを開けろ!」。金属でドアを叩きつける音の向こうで、ルビッツ副操縦士の静かな呼吸音だけが不気味に続く。
やがて地面の接近を知らせる警報が鳴り響き、乗客たちの悲鳴が上がる。皮肉にも、テロ対策で強化されたコックピットのドアが、150人の命を奪うための道具となってしまった。