こうしたエピソードや通説が積み重なり、現在でも「母親は本能的に赤ちゃんの声に反応するが、父親は気づかない場合が多い」という印象が広く知られているのです。

しかしそれが本当に人間に備わっている“性差”なのかどうか、はっきりした証拠はこれまでありませんでした

そこで今回の研究チームは、子どもを持っていない成人男女142人を対象に、睡眠中の脳の反応を調べる実験を行いました。子どものいない男女を調べた理由は、男女の間に生まれつきの“聴覚的な感受性の違い”があるかどうかを明らかにするためです。

実験では参加者たちの脳波(EEG)を測定しながら寝てもらい、睡眠中にさまざまな音を聴かされました。その音の中には、赤ちゃんの泣き声や普通の話し声、アラーム音などが含まれています。

注目したのは、脳がどの音に反応して「目を覚ましやすいか」という点です。

さらに研究チームは、こうした生理的な反応の違いが実際の育児行動にも反映されているのかを検証するために、子育て中の夫婦117組にも協力を依頼しました。

このグループには、夜間に赤ちゃんが泣いたとき、どちらがどれだけ対応したかを日々記録してもらい、実生活での行動の偏りと、実験で得られた覚醒反応との関係を調べました。

ではこの実験の結果はどうなったのでしょうか?

聞こえ方に大きな性差はなかった

実験の結果、最も小さな音――たとえばささやき声のようなごく弱い音――に対しては、女性のほうが男性よりわずかに反応しやすい傾向がありました。

実際、女性は男性よりこうした音に対して約14%多く覚醒反応を示していました。

しかし、赤ちゃんの泣き声のようにある程度の音量がある音に対しては男女の間にほとんど差が見られなかったのです。

つまり、赤ちゃんの泣き声をきっかけに目を覚ましやすいかという点においては、男女の聴覚に機能的な違いはないと考えられます。

Credit:canva