主要顧客との信頼の絆「やる値」

 特に注目すべきは、「やる値」という取り組みだ 。これは、プロの職人が仕事で使う消耗品などを、長期間価格を据え置く、あるいは値下げするという施策だ。物価高騰の最中にあっても、働く人々にとって不可欠な商品を安定した価格で提供し続けるという強い意志の表れであり、主要顧客であるプロ層からの絶大な信頼を獲得している。

 この施策は、短期的な利益を追求するのではなく、顧客との長期的な関係性を重視するワークマンの姿勢を象徴している。コアなファンであるプロ客のロイヤリティを確実に維持することが、ブランド全体の安定感を支え、一般客にも安心感を与えているのだ。

値上げを成功させる企業の「4つの共通点」

 日高屋とワークマン。業態は全く異なるが、両社の事例から、値上げ時代を勝ち抜くための普遍的な共通点が見えてくる。

** 1. 価格以上の「付加価値」を提供しているか ** :両社に共通するのは、単に商品を売るのではなく、価格以上の「体験」や「機能」という付加価値を提供している点だ。日高屋は、タッチパネル導入による「注文のしやすさ」や「気兼ねなさ」という快適な食事体験を創出した。ワークマンは、「プロが認める高機能」という絶対的な信頼性を製品に付与している。顧客がその価値を認めれば、多少の価格上昇は受け入れられる。値上げは、自社の提供価値を改めて問い直す機会となるのだ。

** 2. 顧客との「エンゲージメント」を深めているか ** :値上げは、企業と顧客の関係性が試される瞬間だ。日高屋は、楽天ポイントの導入で新たな顧客層との接点を作り出し、女性客の増加に成功した。ワークマンは、「やる値」という施策を通じて、主要顧客であるプロ層との絆をより強固なものにした。既存顧客のロイヤリティを高めると同時に、新たなファンを獲得する。こうした地道なエンゲージメント活動が、価格改定という逆風を乗り越える力になる。

** 3. 見えないところでの「企業努力」を徹底しているか ** :顧客は、企業の努力を見ていないようで、敏感に感じ取っている。日高屋は、セントラルキッチンやDXによるコスト削減努力を続け、高騰する原価の吸収に努めている。ワークマンは、サプライチェーン全体で効率化を追求し、低価格を実現している。こうした「なぜこの価格で提供できるのか」という背景にあるストーリーが、価格への納得感を生み出す。値上げ幅を最小限に抑えようとする真摯な姿勢こそが、信頼の礎となる。

** 4. 従業員の「満足度」が顧客に向いているか ** :意外に見落とされがちだが、従業員満足度(ES)は、顧客満足度(CS)と密接に連動している。日高屋は、ベースアップや感謝祭といった施策で従業員に報い、モチベーションの維持・向上を図っている。高いモチベーションを持つ従業員は、質の高いサービスを提供し、それが顧客の満足に繋がる。値上げという局面だからこそ、最前線で顧客と接する従業員への配慮が、企業の総合力を高める。

 物価高騰の時代、値上げは多くの企業にとって避けられない選択肢だ。しかし、それを単なるコスト転嫁と捉えるか、自社の価値を見つめ直し、顧客との関係を深化させる機会と捉えるかで、未来は大きく変わってくる。日高屋とワークマンの戦略は、価格競争から一歩抜け出し、顧客に選ばれ続けるための本質がどこにあるのかを、力強く示している。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)