しかし大きな課題が残っていました。

それは「移植した神経細胞の軸索が、目的地である線条体まで十分に伸びない」ということです。

成人の脳では、軸索の成長を誘導する仕組みが乏しく、細胞を移植しても神経回路を再構築できないのです。

こうした状況を打開するべく研究チームが開発したのが「ナノプーリング」という新技術です。

この方法では、まず磁性ナノ粒子を、移植する神経細胞にあらかじめ取り込ませておきます。

そして外部から弱い磁場を与えることで、細胞の中に取り込まれた粒子に微弱な力(ピコニュートンレベル)を発生させます。

この極めて小さな力が、軸索を磁場の方向に“引っ張る”働きを生み出し、神経突起が目的地へ向かって成長するように誘導できるのです。

そして実験では、中脳黒質と線条体を含む脳の一部を共培養し、初期のパーキンソン病を模倣したモデルを構築。

そこにヒト神経上皮幹細胞(磁性ナノ粒子を取り込んだもの)を移植し、ナノプーリングを実施しました。

磁力を使って「軸索の成長を誘導する」ことに成功

この実験で得られた結果は、再生医療にとって画期的なものでした。

まず、ナノプーリングを適用した細胞では、軸索の伸長が明らかに促進されており、その成長方向も磁場の方向に沿っていることが確認されました。

まるで“見えない手”に導かれるかのように、神経突起が正しい方向に向かって伸びていったのです。

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磁力で軸索を誘導することに成功 / Credit:Sara De Vincentiis(University of Pisa)et al., Advanced Science(2025)

さらに、神経突起がただ伸びただけでなく、「軸索の分岐の増加」「神経伝達物質が入っているシナプス小胞の形成促進」「細胞骨格を構成する微小管の安定化」など、神経細胞としての機能的な成熟も促進されていました。

また、今回の研究では、ヒトiPS細胞から作成したドパミン神経前駆細胞を用いても同様の結果が得られており、ナノプーリング技術が実際の臨床応用に近い細胞系でも有効であることが実証されました。