脳細胞を自由自在に誘導できるとしたら、脳科学や医療の可能性は広がります。

そんな革新的な技術を現実のものにしようとしているのが、イタリアのピサ大学(University of Pisa)と京都大学の国際共同研究チームです。

彼らは、磁力を使って神経細胞の突起を「引っ張る」ことで、失われた神経回路を人工的に再構築する新技術「ナノプーリング(nano-pulling)」を開発したのです。

この研究成果は、2025年5月11日付で科学誌『Advanced Science』に掲載されました。

目次

  • 磁力を使って「軸索の成長を誘導する」ことに成功

磁石で脳細胞を誘導し、失われた神経回路を再構築する新技法を開発

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手足が震えるパーキンソン病 / Credit:Canva

パーキンソン病は、世界で急速に患者数が増加している神経変性疾患のひとつです。

ドパミンという神経伝達物質を分泌する神経細胞が、脳の「黒質(こくしつ)」という領域で徐々に失われていくことで発症します。

ドパミン神経細胞は、長い軸索(神経細胞が他の細胞に信号を伝えるために伸ばす細長い突起)を伸ばして「線条体(せんじょうたい)」という別の脳領域に情報を届け、運動機能をコントロールしています。

この重要な神経回路が「黒質線条体系路(ニグロストリアタル経路)」です。

しかし、パーキンソン病ではこの経路が壊れることで、ドパミンが供給されず、手足の震えや動作の緩慢さなどの症状が現れます。

既存の治療法は、こうした症状を一時的に緩和するものであり、根本的な回復には至りません。

この問題に対し、近年注目されているのがiPS細胞を用いた再生医療です。

iPS細胞から作られたドパミン神経前駆細胞を脳に移植することで、失われた神経細胞を補おうとする試みが進められているのです。

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神経細胞の図。パーキンソン病を治療するには、軸索(Axon)を線条体の方向に正しく成長させなければいけない / Credit:Wikipedia Commons