現実に起こるオセロ症候群でも、この主人公と同じように妄想が暴走し、患者は完全に嫉妬心に支配されてしまいます。
症状が深刻化すると、言葉による攻撃はもちろん、時には身体的暴力を伴う事件にまで発展することがあります。
これまでの研究では、オセロ症候群は主に統合失調症、アルコール依存症、薬物乱用やパーキンソン病などの神経疾患を背景にして起こりやすいことが知られていました。
ところが非常にまれなケースとして、脳卒中がきっかけで突然こうした嫉妬妄想が現れる患者も報告されていました。
これらの症例は珍しく、なぜ脳卒中が嫉妬という特定の感情を激しくゆがませてしまうのか、脳のどの部分が壊れると妄想が生まれるのかはよくわかっていませんでした。
今回の研究チームが着目したのは、まさにその謎の解明です。
研究のきっかけになったのは、一人の女性患者の症例でした。
その女性は50歳で、これまで精神疾患やアルコール、薬物依存の問題とは無縁でした。
結婚生活も非常に良好で、夫婦は30年以上にわたり仲睦まじく暮らしていました。
ただ一つ、彼女には高血圧という持病がありました。
そんな彼女の日常が一変したのは、ある日、台所で料理をしている最中でした。
突然の激しい頭痛に襲われ、そのまま倒れてしまい、病院に緊急搬送されたのです。
医師の診察により、彼女は脳卒中を起こしていることが判明し、約2週間の入院生活を送ることになりました。
治療の甲斐もあり容体は安定し、退院を迎えましたが、病院を出て間もなく、予想外の出来事が起きました。
それまで何の問題もなかった夫に対して、突如として「妹と不倫をしている」と激しい疑いを持ち始めたのです。
妹は彼女の退院後の手助けのために訪れていただけで、浮気の証拠などは全くありませんでした。
それでも彼女は、夫の浮気こそが自分が倒れた原因だと周囲に言い触らしました。
さらに妄想は徐々に対象を変え、夫の浮気相手は妹ではなく、友人の娘だと信じるようになりました。