もしあなたが南極の海に潜ったら、海氷の下から1本の氷の管が、地面に向かってゆっくりと伸びてくる様子を目撃するかもしれません。
その氷の管は、見た目にはまるで鍾乳石のようで、海面から海底へ“下へ下へ”と成長していきます。そしてその触れた先にいたウニやナマコなどの小さな生き物は、ゆっくりと凍りつき、命を落とすのです。
この不思議で少し恐ろしい自然現象は「死の氷柱(しのつらら)」、英語では**Brinicle(ブライニクル)**と呼ばれています。
この海の生き物にゆっくりと死の指を伸ばす神秘的な自然現象について、今回は最前線の研究成果を交えて解説していきます。
目次
- 極地の海で見つかった氷の管
- 氷の下で起きていること──ブライニクルを生み出す自然の仕組み
極地の海で見つかった氷の管

現在「死のつらら(brinicle:ブライニクル)」として知られるこの現象が、初めて科学的に報告されたのは1970年のことです。
南極・マクマード湾での観測中、アメリカの海洋生物学者パウル・デイトン(Paul K. Dayton)と物理海洋学者スティーブン・マーティン(Stephen Martin)が、海氷の下に中空の氷の管が垂れ下がっている構造を発見しました。
そしてこの発見は、翌1971年に科学雑誌『Journal of Geophysical Research』で発表されました。
当初、この現象は形状が鍾乳石に似ていることから「sea-ice stalactite(海氷鍾乳石)」と呼ばれましたが、後にその成長メカニズムが鍾乳石とはまったく異なることが判明し、「brinicle(ブライニクル)」と呼ばれることになります。
これはこの氷の管が、塩水(brine)が流れ出す過程で形成されたつらら(icicle)のような構造であることから、作られた造語です。この語は科学論文でも定着し、現在では正式な用語として使用されています。