ストーリーが共感を生み、共感が未来をつくる
「事業に可能性があるというのは大前提。そのうえで、共感を得られるピッチになっているかが重要です」
安藤氏が繰り返し語ったのは、「共感」というキーワードだ。起業家は、社会や市場の課題を見つけ、解決するプロダクトをつくる。しかし、それだけでは投資家もユーザーも動かない。だからこそ、ストーリーが必要だ。
「僕自身、過去のLAUNCHPADのピッチもたくさん見ました。特に印象に残っているのは、2022年優勝のPETOKOTOさん。ペットの健康をテーマにした感情的なストーリー展開と、プロダクトのデモが非常にうまく噛み合っていました」
観客の心に火を灯すピッチは、必ずしも数字の裏付けが強いだけではない。むしろ、課題と向き合い、社会をどう変えたいのかという“想い”が、言葉に宿るかどうかが鍵を握る。
LAUNCHPAD優勝後、安藤氏とRENATUS ROBOTICSには、いくつもの変化が訪れた。なかでも大きかったのが、社内の空気だ。
「“優勝した会社”という事実が、エンジニアたちの意識を変えました。この会社でなら、未来がある。そう思ってもらえることが、モチベーションに直結しています」
外部の変化も顕著だ。採用活動では応募者の質が高まり、資金調達では「すぐにラウンドが決まった」という。
「もちろん、ピッチで優勝したからといって売上が上がるわけではない。事業の本質的成長とは別の話です。ただ、注目度が上がることで、信頼が得やすくなったのは確かです」
「人生が変わる出会いがある」——IVSという場の力
安藤氏は今、投資家としても複数のスタートアップに関わっている。その立場から見ても、IVSは「人生の分岐点」と言える場所だという。
「IVSでは、たくさんの出会いが生まれます。共同創業者と出会う人もいれば、10年続く投資家と出会う人もいる。採用につながることもあるし、自分の考えていた事業の方向性が大きく変わることもある」
特に期待しているのは、「Startup Market 300」という出展型の企画だという。安藤氏自身の投資先も複数出展予定で、「そこでどんな化学反応が起こるか楽しみ」と語る。
今年のIVSでは、従来のメインステージに加えて、「AI」「エンターテインメント」「ディープテック」「グローバル」「ジャパン」「シード」「グロース」という7つのテーマに分けたテーマゾーンの設置など、より多様な取り組みが展開されている。出会いが生まれやすい設計も随所に盛り込まれており、「スタートアップの交差点」としての進化を感じさせる。
「起業家が不幸になるようなEXIT(出口戦略)は見たくない」
投資家としての顔も持つ安藤氏だが、その投資姿勢は極めて起業家目線に立っている。契約条件や資本政策においても、“共に歩む姿勢”を大事にしている。
「起業家は、お客さんや市場と向き合うことに集中すべき。投資家の顔色をうかがって動くべきではない。だからこそ、僕自身が正直に向き合うし、寄り添う姿勢を持ち続けています」
スタートアップは孤独な戦いになりやすい。だからこそ、「一緒に戦ってくれる投資家」の存在が重要になる。
「冷戦みたいな関係では、何も育たない。お互いに悪いことも率直に言えるような関係性が理想ですね」
最後に、これから起業を考える人や、IVSに参加を検討している人に向けて、こうアドバイスを送る。
「起業っていうのは、あくまで人生の中の選択肢の一つです。数字を追うとか、評価されるとか、そういうことにばかり目がいくと苦しくなる。でも、自分自身を幸せにするための手段だと思えば、のびのびと取り組める。IVSに関しては、まずは“行ってみる”ことが大事。仮説を持って参加すれば、必ず何かを持ち帰れる3日間になるはずです」
IVS LAUNCHPADとは、6分で世界を動かす舞台だ。だが、その裏には、何年にも及ぶ準備や試行錯誤、社会課題への真摯な向き合いがある。登壇者の一言ひとことに、彼らの人生とビジョンが詰まっている。
安藤奨馬氏が体現したのは、ただの「ピッチ勝者」ではない。“事業”と“表現”を統合し、社会に問いを投げかける、新しい起業家の姿だ。
IVS2025のLAUNCHPADには、また新たな挑戦者たちが集う。次に6分で人生を変えるのは、あなたかもしれない。
(文=UNICORN JPOURNAL編集部)