一方で、私たちの生活に欠かせない薬の製造方法にも環境問題があります。

頭痛薬や風邪薬に広く使われているアセトアミノフェン(別名パラセタモール)は、いまだに石油などの化石燃料を原料にして作られています。

この薬を作るためには、石油由来の原料を使って、ニトロ化や還元、アセチル化など複雑な化学反応を何段階も繰り返さなくてはなりません。

それらの過程では、多くのエネルギーを使う上に、大量のCO₂が排出されてしまいます。

つまり、薬を飲んで健康になろうとする裏側で、地球の健康を害する状況が続いているのです。

こうした問題を知ったイギリスのエディンバラ大学のスティーブン・ウォレス教授らの研究チームは、「プラスチックごみ問題」と「薬の製造で起きる環境問題」という2つの大きな課題を、一気に解決できないかと考えました。

その方法として彼らが注目したのが、「生物の力」を借りることでした。

生物はもともと細胞内で様々な化学反応を起こすことができますが、最近では遺伝子操作などを用いて、細胞内の化学反応を自由にコントロールする「代謝工学」という技術が進んでいます。

研究チームはこの技術を応用して、「プラスチックごみを薬の原料として役立つものに変える」という、これまで誰も挑戦したことのない全く新しい方法を開発したのです。

一体どのようにして、この夢のような技術を実現したのでしょうか?

ペットボトルが薬になる?SFを現実に変えた最新技術

ペットボトルが薬になる?SFを現実に変えた最新技術
ペットボトルが薬になる?SFを現実に変えた最新技術 / 図はペットボトルなどに使われるPETプラスチックを原料として、細胞内の「ロッセン転位」と呼ばれる特殊な化学反応で、まず「PABA(パラアミノ安息香酸)」という重要な中間物質が作られることを示しています。続いて、キノコの一種であるマッシュルーム(Agaricus bisporus)由来の特殊な酵素(ABH60)が、このPABAを「4-アミノフェノール」という新たな物質へと変換します。さらに次のステップでは、別の細菌(Pseudomonas aeruginosa)から得たもうひとつの特殊な酵素(PANAT K211G)が働き、細胞内で利用可能なアセチルCoAという分子を加えることで、最終的に私たちが頭痛や熱を和らげるために使う薬「アセトアミノフェン」が完成します。/Credit:A biocompatible Lossen rearrangement in Escherichia coli