しかし、私たちの見ている日常世界では、粒子が複数の場所に同時に存在するようなことはなく、いつも一つのはっきりした場所にいます。この奇妙なギャップはどのようにして埋まるのでしょうか?
ズーレック氏が指摘したのは、私たちが実際に観察しているのは、量子系そのものではなく、その量子系が環境とやり取りして残した情報の痕跡だということです。
私たちは量子系を直接見るのではなく、環境が持つ量子系の情報を間接的に覗き見ているのです。
ここで「ダーウィニズム(進化的自然選択)」になぞらえる意味が見えてきます。ダーウィンの進化論では、環境にうまく適応した生物が生き残り、繁栄します。
それと同じように、量子ダーウィニズムの世界では、環境とのやり取りに最も強く安定な量子状態だけが残り、広く情報をばらまいて「現実」として存在を示します。
反対に、環境に弱く壊れやすい量子状態はすぐに消えてしまい、観測可能な現実には現れません。
量子の文脈では「適者」とは環境によって壊されにくい安定な状態のことです。
この環境に対して強い「勝者」だけが情報を環境中にコピー(複製)し、多くの観測者がその存在を確認できるようになります。
一方「不適者」である不安定な重ね合わせ状態などは環境との相互作用で速やかに崩れてしまい、観測可能な現実には現れません。
つまり、私たちが普段目にする物理法則や安定した現実は、無数の可能な量子状態が競い合った結果、自然淘汰の原理で選ばれたものなのです。
この考え方は、なぜ私たちが経験する世界が特定の法則性を持つのか、その理由を自然な進化プロセスによって説明する新しい視点を提供しています(注意:量子ダーウィニズムは物理法則そのものが進化するというわけではありません)。
量子ダーウィニズムとは、環境との相互作用によって安定で壊れにくい状態が自然に多数コピーされて環境に分散することで、誰もが同じ客観的現実を認識できるようになるという仕組みを指すのです。