社会保障の中でも、年金はわかりやすい。今回の年金流用法案は、立民党がどう言い訳しても、子供の世代からの収奪であることは明らかだ。

年金債務の推定もむずかしくない。個人が積み立てた場合に比べると純債務ベースで1100兆円というのが、2019年の財政検証の試算である。これを是正する提案も昔から出ており、アゴラでも13年前に河野太郎氏の提案を紹介した。

田中角栄の「福祉元年」

ところが医療は制度がきわめて複雑でアドホックにできており、なぜこんな不合理な制度設計になっているのかわからないものが多い。その最たるものが老人医療である。今も後期高齢者の窓口負担は9割引、前期高齢者は8割引で、健保組合などから毎年10兆円の「仕送り」がおこなわれている。

その原因は田中角栄の始めた老人医療の無料化で、これは武見厚労省が「間違いだった」と国会で認めた。

この背景には、1960年代に革新自治体が自民党政権を脅かし始めた政治状況があった。1969年に東京都の美濃部知事が70歳以上の老人医療を無料化すると決め、全国の自治体で無料化が広がった。

それに対して自民党政権も佐藤栄作が無料化を決め、田中内閣が実施した。田中角栄首相は1973年を「福祉元年」と名づけ、革新自治体に対抗してバラマキをおこなった。

老人医療無料化を終わらせた「健保組合の反乱」

この影響は大きく、その後外来は毎月400円、入院は1日300円という名目的な自己負担が決まったものの、2002年の健康保険法改正で1割負担になるまで30年間、実質的に無料だった。