こうすると、尖った一点だったビッグバンが雪玉の頂上のように丸くなり、無限大が姿を消して数式が穏やかに動くようになります
ただし、その「ひねった先の時間」は腕時計では測れないので、長らく“計算専用の裏舞台”と見なされてきました。
この“腕時計に映らない時間”が、実は身近な電磁波の世界にもこっそり入り込んでいる――そう示唆するのが虚数時間の「時間遅れ(タイムディレイ)」という考え方です。
時間遅れ(タイムディレイ)を簡単に言えば、波がトンネルの中でどれだけ足踏みしてから出てくるかを示す“寄り道時間”です。
光やマイクロ波は真空では一直線に進みますが、ガラスや金属のような物質に入ると一部のエネルギーを吸収されたり反射されたりして、出口に到達するまでわずかに遅れます。
この遅れを数式できちんと定義したのがウィグナーとスミスです。
2人は遅れ時間をギリシャ文字の τ(タウ) と名づけ、「出口が入口よりあとに出てくれば プラス、逆に山(ピーク)が先に顔を出したように見えたらマイナス」というルールにしました。
マイナスになると「光より速く抜けたの?」と驚きますが、じつはそうではありません。
後ろから来た波どうしがちょうど重なり合うせいで、いちばん高い山だけが少し前へずれて見える錯覚にすぎないのです。
ところが理論を突き詰めると、この τ には実数成分だけでなく虚数成分も隠れている場合があるとわかりました。
2016年に浅野氏らが発表したモデルはその代表例で、物質の中を通る光やマイクロ波の波形を詳細にシミュレーションしたところ、計算の中にしか存在しないはずだった虚数時間が“目に見える痕跡”を残す可能性があることがわかったのです。
具体的には、波が物質内で受ける遅れを表す量 τ(タウ)を詳しく調べてみると、私たちがストップウォッチで測れる“実際の遅れ”に加えて、数式の中にもうひとつ“目には見えない遅れ”がひそんでいることがわかりました。