また流れの速度を場所によって変えると、ゆっくり流れる領域と一気に加速する領域に別けることが可能です。

そして驚くべきことに、この光の液体にはまるでブラックホールのような性質を与えることが可能なのです。

たとえばレーザーの当て方を変え、流れの一部だけを急激に速くすると、川に滝の縁ができるのと同じで、“ゆっくり流れる上流”と“ものすごい勢いで下る下流”の境目が生まれます。

上流では波が遡って戻ることができますが、一度その境目を越えて下流に入ると、波の進む速度より川の流れのほうが速いため、もう上流へは戻れません。

この一方通行の境目が、ブラックホールで言う「事象の地平面」にそっくりなのです。

さらに、真空でも一瞬だけ生まれては消える粒子のペアがあるように、光の液体でも量子的な揺らぎから小さな波のペアが生まれます。

(※光の地平線付近では理論上、量子真空ゆらぎから波のペアが生まれ、一方が内側へ、他方が外側へ分離すると考えられます。今回の実験では自然に湧いたペアそのものではなく、弱い探査レーザーで波を刺激し、その片割れとして負のエネルギー波を検出しましたが、ペア分離というホーキング放射の要となる機構を実験的に裏づけた点が重要です。)

境目の上流側に残った波は観測者が“見る”ことができ、下流側に取り残された相方は滝つぼへ落ち込むように流れに飲み込まれます。

その結果、外からは「境目から何かが放たれている」ように見える――これがホーキング放射をまねた現象です。

つまり、光の液体でブラックホールのような状態を作れる要点は、光そのものを“流れ”に変え、その速さを人為的にコントロールして、波が戻れなくなる滝の縁を実験室に描ける点にあります。

光と結晶の揺れが協力して生んだ“光のあわ粒”は、重力ではなく“流れの速さ”を使って、宇宙でしか起きないはずの地平面をテーブルの上に縮小コピーしてくれるのです。