そこで科学者たちは、ブラックホールと似た状況を実験室で再現し、その現象を“模型”で確かめようと試みています。
具体的には、水槽で排水口に水が流れ込む様子が水面波にとっての地平面のアナログになるように、「音の速さ」を境に流体の流れを亜音速から超音速へと遷移させると、音波に対して事象の地平面に相当する境界(音響の地平面)が現れることが知られています。
この音響の地平面では、境界を挟んで対になった波(粒子)が生まれると予測され、それがホーキング放射の類似となります。
従来の実験では、この「流体中の地平面」を自在に作り出し、その周辺で起こる現象を詳細に観測することは大きな挑戦でした。
そこで研究者が考えたのが、重力そのものではなく 「光の流れ」を曲げて、時空が曲がったのとそっくりの状況をミニチュアで作る 方法です。
「私たちは、こうしたアナログ実験によって人間の手では直接触れることのできない物理現象を探究したいのです」と、本研究を主導したフランス・ソルボンヌ大学カストラー・ブロッセル研究所のマキシム・ジャケ研究員は語っています。
ブラックホールそのものを操作することはできませんが、実験室内のモデルであれば時空の曲がり具合(時空の「曲率」)を人為的に調節し、その上で起こる現象を詳細に測定できます。
このような「アナログ重力実験」によって、ブラックホール物理や量子重力理論の予言を検証することが本研究の目的です。
「光の液体」でできた時空とブラックホールが誕生

研究チームはポラリトンという粒子を集めて作る「光の液体」を用いて実験を行いました。
「光の液体」の作り方は、光を二枚の鏡のあいだに閉じこめ、そこへレーザーを当てるというものです。
すると光の粒(光子)は薄い膜をつくる結晶の中で起きている微細な“揺れ”と腕を組み、一種のハイブリッド粒子に変わります。