なぜ「基盤的防衛力構想」は、国内外の環境の変化に耐えて、存続したのでしょうか。そのナゾに挑んだ研究書が、千々和泰明『安全保障と防衛力の戦後史1971-2010―「基盤的防衛力構想」の時代』(千倉書房、2021年)です。
日本の防衛政策を探究するうえで、われわれを悩ませるのは、おびただしい「ジャーゴン(難解な専門用語)」が、政府や防衛当局者によって多用されていることです。たとえば、わたしが大学の「国際関係論」の授業で、学生に「基盤的防衛力構想」といったところで、聞いている学生は、よほどの安全保障通でなければ、何のことかさっぱり分からないでしょう。
こうした「バズワード」に満ちた日本の防衛政策を分かりやすく、しかも関連情報を過不足なく使いながら解説すると共に、上記の「基盤的防衛力構想」の継続のナゾを解き明かそうとするのが同書です。
日本の防衛政策の特徴:あいまいな概念の多用
「基盤的防衛力構想」が冷戦前後で持続した理由について、千々和氏は、国内政治の要因から説明しています。すなわち、その原因は「同構想をめぐる『多義的解釈』であり、それによって基盤的防衛力構想は戦後日本の安全保障政策に関する『意図せざる合意』を形成」できたということです(同書、12ページ)。
これを簡潔にいえば、「基盤的防衛力構想」はさまざまな解釈ができる戦略概念だったので、日本の防衛に携わるアクター(政治家、防衛当局者、陸海空自衛隊、有識者など)は、自分たちが都合のよいように、これを利用できたということでしょう。
しかしながら、こうした「基盤的防衛力構想」の耐久性は、2010年頃、臨界点に達して崩壊しました。この変化の原因について、かれは「防衛力の在り方をめぐる国内的な分裂状態そのものが消滅したこと」を挙げています(同書、262ページ)。
すなわち、このころから日本の防衛政策において、脅威対抗論と防衛力運用重視でコンセンサスが形成されたので、基盤的防衛力構想は用済みとなったのです。その結果、次々と難解な防衛用語が編み出されてきました。それらが「多機能弾力的防衛力(厳密にいえば、これは『基盤的防衛力構想』を一部踏襲)」「動的防衛力」「統合機動防衛力」「多次元統合防衛力」です。