こうして島オオカミのコロニーは壊滅寸前に追い込まれたのです。

氷の橋を渡ってきた1匹の英雄

ところが1997年に、アイル・ロイヤルとカナダ本土を一時的につないだ長さ24キロの氷の橋が運命を一変させます。

その橋を渡って1匹の雄オオカミがアイル・ロイヤルにやって来たのです。

氷の橋は毎年できるわけではなく、できても数日しかもたないことも多いため、本土のオオカミがこの氷の橋を渡ることができたのは奇跡的でした。

この雄オオカミを研究報告上では「M93」として識別されていますが、研究チームは親しみを込めて彼を「The Old Gray Guy(=灰色の老爺)」と呼んでいます。

これはM93の毛皮が年を重ねるにつれて灰色に変わっていったためです。在来の島オオカミには見られない特徴だといいます。

中央に佇む大柄で毛皮の白い個体が「M 93」
中央に佇む大柄で毛皮の白い個体が「M 93」 / Credit: MTU – Isle Royale’s Old Gray Guy: How One Wolf Impacted an Entire Ecosystem(2023)

M93はアイル・ロイヤルに到着後、すぐに島オオカミのコロニーに加わり、群れを率いるリーダー(アルファ・オス)となりました。

大陸育ちのM93は在来の島オオカミよりも遥かに大柄で、縄張りを守ったり、彼らの8倍の重さがあるヘラジカを狩る能力に長けていたからです。

そして最も重大な影響はコロニーに遺伝的多様性をもたらしたことでした。

M93は島オオカミたちと血縁関係がないため、群れのメスたちは次々と健康な子供を産んでいきました。

彼はリーダーを務めた8年間で合計34頭の子供をなしています。

M93の到来から数年でコロニーの個体数は右肩上がりに回復し、常時30頭を数えるまでになりました。

彼は壊滅寸前だったコロニーを見事に救ったのです。

さらにM93の存在はコロニーだけでなく、島の森林生態系をも回復させることになります。

M93によって島の森林が息を吹き返す