真空がレンズのような結晶になるとは?
普段の真空はスケートリンクのようなつるつるの床だと考えてみてください。氷の上ですれ違うスケーター同士が互いに影響を与えないように、普通の光は真空中で出会っても何事も起こさず通り抜けていきます。
これが「光同士は基本的に干渉し合わない」という“線形”な世界です。
一方で、水晶などの結晶の中では床に細かな起伏があり、スケーター同士が近づくと床がたわんで転び方が変わり、2人の動きが影響し合います。するとレーザーを結晶に入れて“新しい色の光”が作られる現象、つまり非線形光学現象が起こります。
今回はこれと同じことが真空でみられたのです。
実は、量子論の目で見ると真空の床は完全な平面ではなく、電子と陽電子が一瞬だけ生まれては消える“泡”が絶えず揺らいでいるため、ごくわずかにたわむ可能性があります。そこでペタワット級という桁外れに強力なレーザーパルスを三本同時に撃ち込むと、この床(真空)がぐにゃりと歪み、まるで見えないレンズように働き始めます。その歪みを介して光子同士がエネルギーと運動量をやり取りすると、帳尻を合わせる形で四本目の光子束が別の色と方向で現れます。
あり得ないほどの強力なエネルギーによって空間がレンズになってしまって、本来ならば相互作用しないはずの光たちが、お互いにエネルギーをやり取りするようになってしまい、そのエネルギーのやり取りの「おつり」として新たな光子が真空から出現する…という感じです。
あるいは、透きとおった水面に三つの波を同時に立てたところ、重なり合った部分から思いがけない角度へ高い飛沫が跳ね上がるような光景を想像していただければ、この「真空の非線形性を経由して新しい光が生まれる」仕組みを感覚的につかめるはずです。
しかしこのような光子同士の直接的な相互作用(光子-光子散乱)は、日常の強度の光では全く無視できるほど微弱であり、長らく机上の理論に留まってきました。