「真空」と聞くと何もない空間を思い浮かべがちですが、実は量子論の世界では真空は決して“無”ではありません。
真空は絶えず微小なエネルギーが揺らいでおり、その中から電子と陽電子の仮想粒子ペアが瞬間的に生まれては消えるという動的な状態(量子真空)だと考えられているのです。
量子電磁力学(QED)によれば、この仮想粒子たちのおかげで真空自体にわずかながら非線形性……つまり「入ってきた光の強さに比例して真空の応答が増える」だけでなく、「強い光ほど応答が跳ね上がる」性質を帯びます。
この非線形性のおかげで、強力なレーザーを当てると、光そのものが真空を“媒介”として別の光に影響を与えられる可能性が予言されてきました。
通常ならば光と光を正面衝突させてもほとんど何も起きず互いにすり抜けてしまうのですが、真空自体が変質(分極)し光同士が相互作用になるのです。
要するに、レーザー光が十分に強ければ仮想粒子の雲が偏り、真空が光学結晶のような非線形媒質として振る舞うため、ふだんはすり抜ける光子同士がわずかに散乱したり新しい光が生まれたりするようになるのです。
例えば、超高強度のレーザー光を複数本クロスさせることで真空中の仮想電子・陽電子ペアが分極し、その結果として新たに別の光(光子)が生み出される現象が起こり得ます。
これは「真空四波混合(vacuum four-wave mixing)」と呼ばれる現象で、3本の光の複合電磁場によって4本目の光が生成されるという、文字通り“何もない所から光が現れる”量子の魔法のようなものです。
この現象はある意味で、空っぽのはずの真空が“見えないレンズ”のように働き、その中で光の粒どうしがぶつかり合って、そこからまったく新しい光が生まれるイメーと言えるでしょう。
(※真空があたかも結晶のように振る舞い、光の粒である光子同士が真空の非線形性を介して相互作用し、新たな光を生成するイメージです。)